なんとなく、そこはかとなく。



――すげえ、食ってる…。
隣あって座ったカウンターの前、男は一心に手羽先を食べ続けている。
「やあ、鋼の。久しぶりだな。さあ、手羽先でも食べに行こうか?」
と、挨拶もそこそこに男は言った。
そのまま、引き摺るようにして連れられてきたのは、微妙に小汚ねえ手羽先屋だった。
そして、男は躊躇もせずに暖簾をくぐり、現在まるで親の敵でもあるかのように手羽先に食らいついている。
「鋼の、君は手羽先が苦手なのか?」
「あ…?いや、好きだよ?」
「そうか。なら君も食べなさい。眺めていても腹は膨れん」
「あー、うん。そだね…」
促されるままに手羽先を手に取り、口に運んだ。
「うまいな、これ」
「だろ?そうだろ?セントラル全ての手羽先屋を一通り廻ってみたんだがな、ここの店のが一番うまい」
「…廻ったの?」
「ああ。廻った」
週一で、あちこち巡った。
男は嬉しそうにそう言うと、カウンター越しに手羽先の追加を頼んだ。
――…そ、そんなに手羽先が好きか。そうなのか。
なんとなくそこはかとなく、そんな事実に軽い衝撃を覚える。
それきり言葉も交わさず、二人でひたすら目の前の手羽先に没頭した。

「大佐さぁ…」
「なんだ?」
「食うペース、早くね?」
「ん?」
俺が一個食べる間に、大佐は三個食ってる気がする。
気がするっていうか、実際食ってる。
どうせ大佐のおごりなんだし、ケチで言っているわけではないが、なんとなくそこはかとなく、負けた気がするのは何故だろう。
「君、手羽先の正式な食べ方って知ってるか?」
「正式な食べ方?」
「ああ、正式というか、公式?」
「…公式ィ!?」
手羽先食うのに、正式とかましてや公式があるなんて初めて知った。
「なんだ。知らないのか?まったく君にはやれやれだな…」
「やれやれってなくらいに、それって常識なことなのか…?」
「当たり前だ。それを知らずに手羽先を食べようなんて十年早い」
だから食べるのが遅いんだ。リズムを刻め。そしてスピードの波に乗れ。
と、男は言って、
「見ろ、この華麗な手さばきを!」
とか何とか言いながら、俺の目の前で手羽先をテキパキ折った。
「…おお!」
思わず感嘆の声をあげてしまってから、やっぱりそんな自分をなんとなくそこはかとなく悔しいと思う。
「やってごらん?」
「…うん」
俺は素直に見よう見まねで手に取った手羽先を、指先でパキリと折った。
ぱらぱら、ぷらっ。
手羽先は見事に分解された。というか、砕けた。
「…鋼の。えー…?」
「だ…って。加減がわかんねえんだもんよ」
機械鎧の指先になってから結構たつが、力加減を誤るなんて正直、久しぶりのことだった。
ましてや、手羽先ごときに指先の繊細さを求められるなんて思ってすらもいなかった。
「まったく君には本当にやれやれだよ…」
「・・・」
心底呆れた声でそう言われ、そんな些細な事柄一つでへこたれそうな自分に、なんとなくそこはかとなくムカついてみる。
「ほら。鋼の」
「…あ?」
俯きがちになっていた顔を上げれば、目の前に差し出されたのは綺麗に捌かれた手羽先。
「食え。噛みつけ。あ、私の指には食いつくなよ?」
「いい。いらねえ。…なんだよ!それで情けをかけたつもりか!?」
「…何言ってる。いいから食え。私はしばらく捌くことだけに集中したいんだ」
協力しろ。そうしなければ、いつまでたっても追加の皿を注文できない。
と男は言って、まだ食うつもりか!と吼えた俺の罵声を鼻で小さく笑い飛ばすと、
当然だ。と、どういうわけだか胸を張ってそう答えた。

大佐が捌くペースに合わせて、せっせせっせと手羽先を口へと運ぶ。
もぐもぐ咀嚼しながら、大佐の横顔を盗み見れば、集中したいと言った言葉は本心だったようで、
見たこともないような真剣な眼差しで、手羽先に向き合っていた。
「大佐さぁ…、ぐっ、喉詰まった!水…!」
「何してるんだ?ほら」
差し出された水を飲み干しながら、さんきゅ、と言えば、こちらを見向きもしないで、どういたしまして。と答えが返って来る。
別にそれがなんだというわけではないのだが、なんとなくそこはかとなく屈辱だと思うのは、だから一体さっきから俺はなんだというのだろう。
男の態度に一喜一憂。すべての関心事が大佐に向かっているような。
「はー…。大佐さぁ」
「なんだね?」
「そん…っなに!手羽先が好き?」
「ああ、好きだねぇ」
やはりこちらを見向きもしないでそう答えた大佐の指先には、俺のために捌かれようとしている手羽先ひとつ。
それを見ながら、なんとなくそこはかとなく、悔しいような嬉しいような、
なんだか訳がわからんような複雑な気持ちになって、俺は。
「じゃあさ。俺と手羽先、どっちが好き?」
「……は?」
前代未聞、最大級にアホな言葉を口に出して聞いていた。
自分でもビックリというか、やべえ、超ウケる。と思って噴出そうとしたその瞬間、これまた大佐がアホ面全開で、ぽかんと口を開けて俺を見るから。
ああ、やっとこっち向いた。って俺は非常に見当違いのことを思いながらも、なんとなくそこはかとなく楽しくなった。
だから俺は、調子に乗って。
「ねえ、大佐。どっちが好き?」
と、再び問うて。
「な…、え?」
どういうわけだか、オロオロとうろたえ始めた大佐を横目にみながら、笑い出したい気持ちを必死に堪えた。
「俺はねえ…。手羽先よりも大佐が好きだよ?」
「・・・!」
トドメとばかりに上目遣いでそう言えば、大佐は目を見開いて、手にした手羽先をボトリと落とした。
――よし…!勝った!
なんとなくそこはかとなく、負けっぱなしだった今日の俺を払拭するような会心の一撃を相手に与えたらしいと自負をして、
俺はやっぱり、なんとなくそこはかとなく気分がいい。

それからずっと、俯きながらひたすら寡黙に捌いた手羽先の山を築き続けた大佐の顔が、妙に赤かったことだとか、そんな大佐が築いた山を切り崩していった俺が、やたらと上機嫌だったわけだとか。
それが一体どういう意味をもっていたのかと、なんとなくそこはかとなく、気がつき始めるようになったのは、もっとずっと先のこと。








「手羽先から始まる恋」

ちなみに、この人たち錬金術使えます。パラレルではありません。
鋼界に手羽先屋があるのかなんてことは考えない方向で。


モドル