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センチメンタルな季節
「なあ、もう…さ」 「ああ…」 「俺たち…」 「…ああ」 別れよう。 乾く唇を、幾度となく舌で湿らせながら、エドワードはたっぷりと時間をかけると、そう言った。 「…で?気は済んだ?…って!…だーッ!だからなんでアンタがそこで泣くわけだ!?」 「きっ、みが、わ、かれようとか、いうから…」 「アンタが言えって言ったんだ!つーか、いきなり『別れ話ごっこ』とか意味わかんねえから、なんなの一体」 ぐったりとソファに身を投げ出したエドワードは、軍服の内ポケットに収めてあったハンカチを取り出して、いくらか奇行癖を持っているらしい年上の恋人を見つめると、ほら、と彼に押し付けた。 「…センチメンタルな季節かと思って」 「は?」 「そういう気持ちになってみるのも、たまにはいいかと思った」 他意はない。そんな気分に浸ってみたい衝動に駆られたのだ、と。 軽い気持ちだった、深い意味なんてないんだと、そう繰り返す目の前の男は、今もはらはらと涙を零し続け、傍から見ても手に取るようにわかりやすく、大ダメージを受けているのが見て取れる。 エドワードはそんな彼の様子を横目で見ながら、決して彼には気取られない程度の、小さな小さな溜息を吐いた。はあ。 家に帰ってきたあたりから、どうにも様子がおかしいとは思っていたのだ。「ただいまー!」の声がもう既に通常とは違っていた。テンションが高すぎた。 職場でもそうだ。やけに潤んだ瞳でじっとこちらの様子を窺っている視線が、痛いほどに突き刺さっていたので、てっきり違う意味合いでテンションが高いのかと思っていた。今夜は寝かさないでダーリン的な、自分にとって非常に都合のよい解釈をしていたエドワードなので、ただいまー!の後に続いた、ロイの台詞に思わずつんのめりそうになった。 「鋼の、別れ話ごっこをしないか。あくまで、ごっごで」 「…はあ!?」 もう、本当にわけがわからない。そしてそれから、心の中でひっそり呟く。 今度はなんだ、と。 「ロイ?」 溢れる涙を拭おうともせずに、ロイは手渡されたハンカチをぼんやりと見つめている。 「…ロイ?」 「アイロン…」 「は?」 「アイロン、が。かけてある…」 「ああ、うん。…あ?あー…」 見てたのか。と尋ねれば、うん。と小さく答えが返った。 そこで、ようやく合点がいった。 「上着の裾が解れてたんだって」 「ああ」 「繕いましょうか?って言われれば、じゃあよろしく。ってなるだろうよ」 「そうだね」 「…ポケットにそれ入ったままだったしさ。ついでに、アイロンかけてくれたんじゃねえかな」 「そうだね」 「つか…。アンタだってそんなんよくあることだろ?」 「そうだね」 「ローイー?」 「…ちくちくしてたんだ。嬉しそうに微笑を浮かべて、ちくちくと」 君の軍服を繕いながら、幸せそうにちくちくちくちく。 「だから、なに」 「…いつか、君にも。そういう風に、当たり前のような顔をして、身の回りの世話をするひとが、きっと現れるんだろうと、そう思った。…だから」 だから、今のうちから慣れておかなければ。少しずつでも。 君に別れ話を持ちかけられても、平気な顔ができるように、と。 「…そんな後ろ向きな決意に、俺を付き合わせんなよ…。つか、実は俺と別れたいとか、そういう前フリなわけか?」 「そんなわけないだろう!…けれどいつかきっと、そういう日がくるだろう?…元々、男が大好きってわけでもないんだ、お互いに」 俯きながらハンカチを握り締めている。 エドワードが愛してやまない彼の声は、どんより沈んでずぶずぶと底がない。 面倒くさい男だとは知っていた。知ってはいたが、面倒くさい。 軍服の裾が解れていた。繕いましょうか?お願いします。 それだけのことで、どうしてここまで話が飛躍しなければならないのか。 頼んだ彼女が、あくまでもロイヴィジョンの中で、どれほど幸せそうにちくちくしていたとしてもだ。例えそれが事実だとしたところで、俺にどれほどの意味がある。興味もなければ、関係もない。 ちくちくと服を縫ってくれた彼女なんかより、ちくちくする毛の合間を縫ってちんこまでしゃぶってやった、俺に愛されまくってきたんじゃねえのか、お前はよ。 なのに、この自信のなさはなんなんだ。どうして別れるのを前提で俺と付き合おうとしているんだ。まさか俺の愛し方が足りないとでもいうつもりか。 その面倒くささすら可愛らしいとまで思えるほどには、自分が彼に対して重症だとも知っていたので、面倒くさいと思いながらも、エドワードはソファから身体を起こし、ロイに向かい合った。 「や、自信がねえな」 「え?」 「アンタは元々男が大好きってわけでもねえんだろうけどな。俺はそれに関して全く自信がねえ」 「…え?」 「生まれて初めて、俺が惚れて惚れて欲しいと思った相手はアンタだけだった。それからずっと今の今まで、俺はアンタにしか興味がないから、アンタが男である限り、男好きなんだろうと言われれば、頷くしかない」 「エ、ド…」 「で?気は済んだ?それともまだ『ごっご』続ける?」 「…いや」 「いいよ、いくらでも。試せよ、自分を。いくらでも試せ、俺を」 どんなに試したところで、終わる恋じゃねえだろ。 掌でぐいぐいと、エドワードがロイの涙を拭った。 痛いほどに不器用なその彼の温もりに、ロイは再び涙を零した。 |