硝子



いつものように一日を終え、いつものように部屋に戻る。
日付変更線はもうとうに過ぎ、新しい数字を示している。
すれ違いの続く毎日の中で、いつしか君は笑わなくなった。
にぎやかしくその日の出来事を語り聞かせていた声も、今では聞かれなくなっていた。
君がいる部屋はいつも明るく光りに満ち溢れていたのに、見上げた部屋は暗く冷えている。
私は何も気付かなかった。
忙しい。疲れてるんだ。とその言葉だけで全てを片付けた。
それでいいと思っていた。
ポケットの中の鍵を探る。
暗い部屋は静かで人の気配を感じさせない。
すでに眠っているのだろう。
朝が早いのにこんな時間まで起きて待ってる俺に感謝しろ。といつかふざけて君が言った。
あの笑顔も今は遠い。
部屋の明かりをつけ、ネクタイをはずす。
「おかえり」
眠っているとばかり思っていたその声に、ビクリと身体が強張る。
「・・・起きてたのか?」
「ん。」
部屋に明かりもつけないで、この寒い部屋で暖も取らないで。
「メシは?」
「済ませてきた」
「そう」
適当な言葉が思い当たらない。私はいつからこんな風に言葉を探るようになったのだろう。
「・・・何してたんだ?」
「待ってた、んだけど・・・」 消え入りそうな声で君が言う。君はいつからそんな風に言葉を紡ぐようになったのだろう。
「ロイ」
「なんだ?」
「・・・アンタ、女の匂いがする」
知らずに染み込んでいただろう女の匂いに、君が気付かぬはずもない。わかっていた。
わかって知らぬフリを決めこんできたのだ。
ここで君と暮らしはじめる前から、何度も君が働く姿を見に店に通った。
その時知り合った店の女と、もう幾度となく逢瀬を重ねてきた。
君が何か言おうとする度に、忙しい。疲れてるんだ。とその言葉だけで全てを片付けた。
黙り込む君を背に、それでいいのだと自分に言い聞かせた。
「ロイ・・・責めてるわけ、じゃない。仕方のない、ことだから。でも、どうして?」
小さく途切れがちに言葉を辿るエドワードの顔は白く透き通るようで。
「どうして、別れようって、言ってくれない・・・?」
久しぶりに見た金の瞳は、ガラスのように色をなくしていた。
別れる?誰と?
そんなことは考えたこともなかった。
飽かず女を抱き続けた夜でさえ。
「ロイ、これ以上、意味がない。こんなのは、辛い」
傷つけたかったわけではない。
困らせたかったわけでも。
「・・・別れたいのか?私と」
震えて俯いた顔が、コクリと頷いた。
「私と別れれば、君は辛くないのか?」
小さく小さく何度も震えて頷いた。
そうか。別れようと一言そう言ってやればいい。
私から離れればそんな風に君が泣くことももうないのだろう。
泣かせたかったわけじゃない。
そんな風に怯えた君が見たかったわけじゃない。
「エドワード」
滅多に呼ばない名前を呼べば、ビクリと小さく肩を震わした。
のろのろを顔を上げ、次の言葉を待っている。
「・・・愛してるよ」
そっと、唇に接吻けた。
別れたりはしない。離すつもりもない。お前は私だけのものだ。
唇を戦慄かせて、私を見つめたエドワードの眼が大きく見開かれる。
一粒の雫を落として、薄く透けるガラスの瞳が音もなく砕けて散った。











モドル