愛っていうのはね。



『影』をなくしたと気がついたのは、いくつも汽車を乗り換え着いた、山間の小さな村でのことだった。

「いつも、ついてくるのが当たり前だとばかり思ってたからさ…」
「今まで気がつかなかったというわけか」
「うん」

影をなくしたことに気がついて、焦って慌てて、そこらじゅうを探し回った。
細い山道、曲がりくねった道端のどこかに落としてきたんじゃないか。もしくは、生い茂った木々の隙間、どこかの枝に引っかかっているのかもしれないと、あたりを隈なく探し回った。
目を皿のようにして、必死で探してみたけれど、どこにも影は見当たらない。
ねえ兄さん、もしかして。
一緒に影を探していたアルが、ぽつりと呟く。
もっと前から、もしかしたらセントラルの街中の、どこかに置いてきちゃったのかもしれないよ?
その言葉の可能性に一縷の望みを託しながらも渋々と、俺は大佐宛てに電話を掛けた。
尋ねる前に耳にした大佐からの返答は、予想を遥かに上回る、いたってシンプルなものだった。

『やあ、鋼の。どうやら気がついたようだな』
『は?』
『君の忘れ物は、私が預かっている』
『え…?』
『必要なら受け取りにきなさい。…不要ならばこのまま私が貰いうけるがね?』
『…すぐに行くから、そこで待ってろ!』
今にも笑い出しそうな大佐の声ごと電話を切って、俺は一路セントラルに向かった。

「おや、鋼の。思ったよりも随分と早いご到着だな」
「え、なんで…?」
情報だけでも引き出せれば、それでよかったのに。
よりにもよって、なんで大佐が俺の影を連れて歩いているだろうか、と。
司令部に着いた途端に目にした光景に、俺は言葉もなく立ち尽くした。
俺の影が、大佐の後ろで大佐の影に寄り添いながら、ぴったりと。
手を繋いで仲睦まじく…ってなんだ、コレ。一体どういう経緯を辿れば、こんな状況になれるのだろう。
大佐の影と離れることなく、大佐に付いて歩こうとする、俺の影を半ば無理矢理、大佐の背後から引き剥がす。
影は、ぐいぐいと俺に押し付けられている間にもしゅんとして、どこか寂しそうにされるがままになっていた。
元々、俺の影なのに。今までだって、これからだって、これは俺の影なのに。
本来の場所にただ戻すだけなのに、どうしてこんな罪悪感に駆られなけりゃならねえんだ?
「なあ、大佐…」
「ん?」
俺に影をぐいぐいと押し付けている、大佐に思わず呼びかける。
「なんか、俺の影ってば嫌がってる気がしねえ?」
「はは。私の影に随分懐いていたようだし、離れがたいと思っているのかもしれんな」
「懐いてたぁ?」
「ああ。見ている私が妬けるほどには、睦まじかった。…さあ、これでよし」
大佐は笑ってそう言うと、思いのほか重労働だったのだろうか、ほっと肩の力を抜いた。

アルを待たせたままでいる山間の村に帰るには、明日の朝一番の汽車に乗るしか手立てがない。
いつもの常宿に一泊してから戻るかと、腰をあげたら大佐がいきなり、家に泊まっていけと言い出した。
「これからまたしばらくは、会う事もないだろう?それは流石に、不憫かと思ってね…」
夕暮れの道を、大佐と並んで家路に向かう。
「君は見ていないから、附に落ちないだろうと思うがね。…それはそれは、とても仲睦まじくて、だな」
「影?」
「そう、影」
夕日に照らされて今は長く伸びている、大佐の影と俺の影。
並んで歩く俺たちに、離れることなくぴたりと付いて、てくてくと。
「いつも互いに身を寄せ合って、手を繋いで、なんというか…」
「…それじゃまるで、恋人同士みたいじゃねえか」
「ああ、君もそう思うだろう?私もそう、思ったよ」
「でもさ…」
「見てごらん。鋼の」
少なくとも、私たちの『影』はほら、とても幸せそうだよ?
俺が否定の言葉を口にする前に、大佐はそう言って、並び歩く俺たちの影に視線を向けた。
つられるようにそちらを見れば、確かに寄り添っている二つの影は、なんだかとっても幸せそうだ。
影のために本体同士がぴたりと肩を寄せ合うなんて、そんな話は聞いたこともないけれど。
けれど、こうして大佐の側で寄り添い歩くのは、どういうわけだか全然ちっともいやじゃない。
「いつの間に、そんな仲良しになっちゃったんだよ、影…」
思わずそう呟けば、大佐はふふ、と笑いを洩らした。
「君がうっかりしている間に、愛を育んだのかも知れないし、もしかしたら私たちが知らないだけで、実はもっと前からなのかも知れない」
…なんてことだ。俺は全然、気づかなかった。
「私だって、気づかなかったさ」
「大佐も?」
「ああ、全然気づかなかった。…愛というのは、知らない間に芽生えて育って、成長していくものだから」
「なるほど、そういうもんなのか」
「…恐らく、きっと」

なあ、鋼の。
きっと、愛っていうのはね。
知らない間にゆっくり育っていくのだけれど、気づけば途方もなく大きくなって。
それに気づいて戸惑いながらも激しさと、熱を孕んで津波のように押し寄せる、それを恋と呼ぶのだと。

「そうか、私も…」
「なに?」
「いや…。どうやら、私もね。君と同じで『影』の方が幾分素直にできているらしい」

大佐は少し笑ってそう言うと、しばしの逡巡、俺に向けた視線の優しさそのままに、
俺の手をとりその大きな掌で、俺の指をぎゅっと掴んだ。






君の。のエドバージョン。続きっぽく。
どうも、初々しい二人の関係が好きなようで。




モドル