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突き抜ける青
朝起きたら、晴れだった。 窓を開けて見上げた空は、果て限りなく青が続いて、どうにもこうにも晴れていた。 そんな青の中に一点の曇りを見つけて、目を凝らせばブーンと飛んでく複葉機だった。 子供の頃は、きっといつか空だって飛べるはずだと思っていた。 割と今でも思っているし、複葉機越しならいくらだって飛べることも、オトナな俺は知っている。 もっとも俺がいた世界には、複葉機なんてなかったけどね。 あるのはフワフワマルマル揺れて浮く、記憶に残る熱気球。 * 「アンタさー、さぼりの口実に俺を使うのやめろよな」 「失敬だな。図書館への道案内を私自らが買って出てやるといっているのに、その言い草はないだろう」 何十回となく訪れたことのある図書館に、なんで今更道案内なんぞが必要なんだ。と言いかけてやめた。 隣を歩く男が、いつになく楽しそうだったから。 「アンタさ…」 「こうして君と肩を並べて歩くのは、二度目だな」 もっともあの時と比べても、肩を並べられるほども君は育っていないがね。 今にも鼻歌を歌いださんばかりにやたらと上機嫌の男は、さりげなく無礼極まりない台詞を付け加えるのも忘れない。 なんでそんなに楽しげよ?と続けるつもりだった俺の言葉は、誰が針の目を余裕で通り抜けられるほどの豆だ、コラー!にその瞬間挿げ替わる。 そんな俺の憤怒の叫びを右から左へと聞き流し、大佐は楽しげにハッハッハとスタッカートを効かせて笑っている。 プリプリしながらそっぽを向いて、店のショーウインドウに目が留まった。 中途半端に磨かれた窓に歪んで、並び歩く大佐と俺と、鈍く光る銀時計の鎖が映し出されていた。 『軍の狗』 行く先々でそう言われては、いわれもない謗りを受ける。 国家錬金術師だと知られた途端、宿から放り出されたことも一度や二度のことではない。 それでも俺には、どうしたって必要な銀時計。 失われたものを取り戻すため、国家錬金術師になることは唯一残された俺の希望の全てだった。 「鋼の?どうした」 「あ、いや…」 「なんだ、気に入った品でも見つけたのか?」 店のショーウインドウを食い入るように見つめていた俺の視線に気がついて、大佐はどれどれ。などと言いながら、俺越しに店の中を覗き込んでいる。 ほんの僅かに屈んだ大佐のその姿が、まるで俺を抱き締めるが如く窓に映って、思わず胸がどきりと高鳴った。 ――やべえ。 どきり。じゃねえだろう、俺。 この場合、むしろぎくりとするべきなのではないだろうか。 「いやいやいやいや…」 「ん?」 「否!」 「…わ、びっくりした」 言葉の割にあまり驚いた様子も見せずに、大佐は再びショーウインドウへと視線を向けている。 そんな大佐の様子をこっそり伺いながら、俺は最近大佐を見るたび湧き上がる、もやもやした気持ちを持て余していた。 いや、もやもやとは少し違っている。もぞもぞというか、そわそわというか。 分かりかけているのに分からない、出そうで出ない、そんな感じ。 「鋼の」 「…あ?」 「君、赤と青ではどちらがいい?」 「え?赤」 「そうか。よし」 ぼーっとしていたところに、あまりに唐突な質問だったので、思わずノリで答えてしまった。 質問の意味を問う暇もなく、大佐が店の中に入っていく。 そして、店から出てきたときには、手に小さなクマのキーホルダーを二つぶら下げていた。 「わー、ファンシー…」 「さあ、鋼の。銀時計を出しなさい」 「へ?」 「こちらの赤いクマを、君に」 「は?」 呆然としている俺を余所に、大佐は真面目な顔をして赤いクマのキーホルダーを俺の銀時計に括りつけている。 「そしてこちらが私の。青いクマ」 自らの銀時計にも同じように青のクマを括りつけると、大佐は思わず絶句した俺に向かい、 「ああ、随分と可愛らしくなったな。…これで少しは愛着が持てるだろう?」 と言って、笑った。 ――やべえ、好きだ。 そう思った途端に駆け抜けてった、爪先から脳天までを貫く感覚に正直ビビッた。 ――いやまさか、ありえねえ。でも、好きだ。 思い直した直後に、光の速さで追いかけてきた、ただ好きだという感情が、そわそわもぞもぞしていた俺の身体の隅々に、ぴたりぴたりと嵌め込まれていく。 ここ最近ずっと感じていた違和感が何だったのか、迂闊なことにも分かってしまった。 「うわあ…、超やべえ…」 「なんだ。どうした」 「あのさ。なんか俺、大佐のことすげえ好きみてえー…」 打ちひしがれて思わず天を仰いだ俺に、とても自然な様子で尋ねて寄越した男の声に、考えるより先に口が動いた。 「…ああ」 「…ああ!?」 同じ言葉を全く違うニュアンスで口から洩らして、違う目線で等しく視線を絡ませる。 「そうか、奇遇だな。私も好きだ」 言い訳を並べるよりも早く、そう言い放った男は眉一つ動かさず。 「好きだ」 見たこともない、子供みたいな無邪気な顔をして笑った。 思わず見蕩れてしまった男の青い軍服が、風に揺らされ翻る。男の背後には一点の曇りもない、覚めるような青空が拡がっていて、ああ、吸い込まれる。と思った途端に、ぴたり、と。 頭の中で、最後のパーツが俺の中に嵌め込まれる音が聞こえた。 * 「ちなみに身体の相性も、かなりピタピタいってたんだぜー…」 誰に聞かせるためでもない、恥ずかしい独り言を呟いて、俺は再び空を仰ぐ。 子供の頃は、きっと空だって飛べるはずだと思っていた。 割と今でもそう思っているし、ロケット越しなら一度は時空だって飛び越えた。 ピタピタやたらと相性のいいあの男が、あの空の向こう側にいるのなら、きっと俺はいつか必ずあの空だって、自分の力で超えてやる。 再び天から降ってきた俺を見て、腰を抜かしてビビるがいい。 俺はビビリすぎて動けないアンタの身体に纏わりついて、呪いのように愛の言葉を並び立て、思う存分泣かせてやるから。 そして、思い知るがいい。俺がアンタに放つ澱むことないこの愛を。 「――覚悟しとけよ、ロイ・マスタング」 見上げた先は、果て限りなく澄み渡った青い空。 記憶の中に翻る、突き抜けて泣きたくなるよな、無限の青。 |