好きだって、言ったじゃん?



簡単だった。
電話一本で呼び出された中央司令部、俺は一つの指令を受けた。
いかにも『賢者の石関連です』的な内容のそれは、いざ蓋を開けてみれば全く関係ない、ただのお家騒動だった。
――まーた、騙されたよ…!
したり顔でほくそ笑む、大佐の顔がもっそり浮かんだ。
てんめ、また騙しやがったな!ふっざけんなよ、石なんて全然関係ないじゃん!
ぎゃーぎゃーぎゃーと電話をかければ、受話器の向こう涼しげな大佐の声がする。
「放置すれば面倒なことになりそうだったのでね。なので君に行ってもらった。なにか問題があったかな?」
「大ありだ!俺が一体何のためにこんな山奥まできたと思ってんだよ、冗談じゃねえぞ!?」
「何のため?私のためだよ」
「…なにっ!?」
「君がいけば事態は早々に収まるだろうとわかっていた。だから君に行ってもらった」
「アンタなあ…!」
「優秀な部下を持てたことを、私は心から誇りに思うよ」
「――もう、いい!!」
叩き付けるように、電話をきった。

…それでもこうやって律儀に報告書を書いてるあたり、俺も本当に人がいいというか、そうだなぁ、全くもって優秀だと自分で思うよ。
報告するにも及ばない、どうでもよさげな騒動だった。
余白だらけの報告書を睨みつける。
こうして書いた報告書だって、どうせまた『薄っ!なにこれ、ぺらっぺらっ!』とかってアイツは文句をつけるんだろう。
余白か…。埋めとく?
折角だから、てめえの悪口で埋め尽くしてやる。



「大佐、エドワード君から報告書が届いております」
「報告書だけかね?もう随分とあの子らの姿をみていないような気がするが」
「大佐がご自身で、彼らを東に向わせたのだったと記憶しておりますが?」
「…相変わらずの素晴らしい記憶力だな、中尉」
「恐れ入ります」
封書を開いて、報告書のペイジを捲る。
「本当にわかりやすいな、あの子はまったく…」
電話を切った直後に書き始めたのだろう。
巨大な文字が、怒り狂って羅列している。
顛末が記された報告書の末尾に書かれた文字に目を疑った。

『追伸:大佐の悪口』

「…はあ?」

『余白を使って、大佐の悪口を書こうと思います』

事の仔細が記された箇所よりも、数段緻密に書き込まれている行に書かれた言葉は、あまりにダイレクトなものだった。

『一・あんな丸顔童顔で29歳を騙っている。
二・そんであの童顔で、にっこり笑って女を騙す。
三・ついでに俺のことまで騙した。』

「…オイオイオイオイ」

『大佐は平気で俺を騙します。今回だって、それっぽいことを匂わせて俺たちを山奥にまで行かせるために、嘘ついた。
そうならそうと最初から言ってくれたら俺、ちゃんと行ったのに。なのに騙した。嘘ついた。』

ペイジを捲った。
余白を使って、と書かれた冒頭文を無視するように、次第に小さくなる文字は、次のペイジにまで続いていた。

『石のこと以外だって、俺は大佐の言うことを一々丸ごと信じちゃうから、いつだって簡単に騙される。
大佐はそれを知っているから、面白がって俺のことを簡単に騙す。すぐに嘘つく。
そんなんばっかだから、俺は大佐の言うことをどこまで本気にしたらいいのか、全然わかんない。
俺のこと、好きだって言ったじゃん?あれは本当?あれも嘘?
好きだって、言ったじゃん?
俺のは本当で本気なんだから、嘘つくなよ。騙すなよ。
俺、本気にするからさ。大佐、嘘ついちゃダメじゃん。』

「あ…」
「――大佐?どうなされました?」
「紙とペンを…」
「机の上に置かれているかと思いますが…」
「そうか、そうだな。…いや、電話」
「大佐…?」
「違うな、そうじゃない。…中尉、スケジュールの調整をしてくれないか。それと、チケットの手配を」
「――東、ですか?」
「ああ。…書類が不備だらけでね。これでは上に提出できない」
「かしこまりました。早急に手配します」
どこまでも有能な腹心の部下は、敬礼の形を一つ示して部屋を出て行った。

「――…まいったな」
どんな気持ちでこれを書いていたのだろう。
大佐、嘘ついちゃダメじゃん。…か。
報告書を丁寧に折り曲げ、胸元のポケットにしまい込む。
コートを羽織り、身支度を整え、足早に部屋を後にした。

誠心誠意、心を尽くして、君に会いに行くために。










モドル