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温泉たまごと冷蔵庫
疲れた身体を引き摺るようにして着いたアパートの前、見上げた家の明かりが消えているのに、人知れず溜息をつく。 すれ違いの生活は今に始まったことではなし、そんな些細なことにすら寂しさを覚えてしまう自分を自嘲した。 疲れているのは身体ではなく、心なのかも知れないなどと思いながら、ポケットを探り鍵を取り出す。 部屋の明かりをつけながら、いつもどおりに台所のテーブルに足を向け、身体の割に豪胆な文字を書く、エドワードからのメモに目をやった。 『ロイへ。 お帰りなさい。お疲れ様。 冷蔵庫に夕飯つくってあるから食べてね。 うの花は2段目。きんぴらと肉じゃがは、3段目に入ってます。 ロイの好きな温泉たまごもあるからね。 奮発して肉を多めに入れといたので有難くいただくように。それと、冷蔵庫開ける前に、ちゃんと手を洗ってうがいも忘れずに。 それじゃ、行ってきます。 エドワード』 何度もメモを読み直し、綺麗にたたんで胸元のポケットへとしまい込む。 いつもと同じチラシの裏に書かれたメモが、今は無性に恋しかった。 日中勤務の自分とは違い、夜の街で働くエドワードは、夕方近く家を出て行き、朝まで家には戻らない。 それでもこうして毎日食事を作ってくれる、その優しさが胸に染みた。 手を洗ってうがいを済ますと、メモの指示通り、冷蔵庫の2段目と三段目から、それぞれ小鉢を取り出した。 肉じゃがにかけられたラップを外せば、今もうっすら湯気が上る。 * 『保温のできる冷蔵庫ができたらしいよ?すげー、ほっしー!』 『ほう。それはすごいな。…恐らく、べらぼうに高いんだろうな…?』 コジ●のちらしを見ながら、目をキラキラさせていたエドワードを見ながら、どんなに買ってやりたいと思ったところで、冷蔵庫ひとつ満足に買ってやれない自分の不甲斐なさを心で呪う。 『そりゃ、あれば便利だと思うけど。でも、うちにはロイがいるしね?ロイの絶妙な火加減の前には、どんなコンロもレンジも冷蔵庫も適わないから。うちには無用の長物だよ』 エドワードはそんな私の姿を見て、陽だまりのような笑顔を浮かべてそう言った。 そんなエドワードのけなげさに、どうにかして報いてやりたいと思った私は、気合を入れて臨んだ町内会のくじ引きで、保温のできる冷蔵庫を引き当てたのだ。 『すごい!すごいよ、ロイ!すっごい嬉しい!ありがと、ロイ…!』 冷蔵庫が届いたときの、涙を浮かべて大喜びしたエドワードの笑顔を私は生涯忘れることはないだろう。 そして現在我が家には、保温もできる最新式の冷蔵庫が置かれている。 * 「・・・あ。いかんいかん、忘れるところだった」 白飯と、肉じゃが、卯の花。きんぴらごぼうのおかずを前に、 手を合わせて有難くいただこうとしたそのときに、温泉たまごの存在を思い出した。 再び冷蔵庫の扉を開き、温泉たまごを取り出してラップを外そうとした瞬間、ラップにメモが張り付けられているのに気がついた。 『きっといつか二人で温泉に行って、本場の温泉たまごを腹いっぱい食べような!』 「・・・エド」 胸が詰まった。 「いただきます」 一人きりで、湯気のたつ食卓を囲みながら、心の中がほわりと温かくなるのを感じた。 口に入れた温泉たまごは、何故かほんの僅かしょっぱくて、涙の味にどこか似ていた。 |