温泉たまごと冷蔵庫



疲れた身体を引き摺るようにして着いたアパートの前、見上げた家の明かりが消えているのに、人知れず溜息をつく。
すれ違いの生活は今に始まったことではなし、そんな些細なことにすら寂しさを覚えてしまう自分を自嘲した。
疲れているのは身体ではなく、心なのかも知れないなどと思いながら、ポケットを探り鍵を取り出す。
部屋の明かりをつけながら、いつもどおりに台所のテーブルに足を向け、身体の割に豪胆な文字を書く、エドワードからのメモに目をやった。

『ロイへ。
お帰りなさい。お疲れ様。
冷蔵庫に夕飯つくってあるから食べてね。
うの花は2段目。きんぴらと肉じゃがは、3段目に入ってます。
ロイの好きな温泉たまごもあるからね。
奮発して肉を多めに入れといたので有難くいただくように。それと、冷蔵庫開ける前に、ちゃんと手を洗ってうがいも忘れずに。
それじゃ、行ってきます。
エドワード』

何度もメモを読み直し、綺麗にたたんで胸元のポケットへとしまい込む。
いつもと同じチラシの裏に書かれたメモが、今は無性に恋しかった。
日中勤務の自分とは違い、夜の街で働くエドワードは、夕方近く家を出て行き、朝まで家には戻らない。
それでもこうして毎日食事を作ってくれる、その優しさが胸に染みた。
手を洗ってうがいを済ますと、メモの指示通り、冷蔵庫の2段目と三段目から、それぞれ小鉢を取り出した。
肉じゃがにかけられたラップを外せば、今もうっすら湯気が上る。



『保温のできる冷蔵庫ができたらしいよ?すげー、ほっしー!』
『ほう。それはすごいな。…恐らく、べらぼうに高いんだろうな…?』
コジ●のちらしを見ながら、目をキラキラさせていたエドワードを見ながら、どんなに買ってやりたいと思ったところで、冷蔵庫ひとつ満足に買ってやれない自分の不甲斐なさを心で呪う。
『そりゃ、あれば便利だと思うけど。でも、うちにはロイがいるしね?ロイの絶妙な火加減の前には、どんなコンロもレンジも冷蔵庫も適わないから。うちには無用の長物だよ』
エドワードはそんな私の姿を見て、陽だまりのような笑顔を浮かべてそう言った。
そんなエドワードのけなげさに、どうにかして報いてやりたいと思った私は、気合を入れて臨んだ町内会のくじ引きで、保温のできる冷蔵庫を引き当てたのだ。
『すごい!すごいよ、ロイ!すっごい嬉しい!ありがと、ロイ…!』
冷蔵庫が届いたときの、涙を浮かべて大喜びしたエドワードの笑顔を私は生涯忘れることはないだろう。
そして現在我が家には、保温もできる最新式の冷蔵庫が置かれている。



「・・・あ。いかんいかん、忘れるところだった」
白飯と、肉じゃが、卯の花。きんぴらごぼうのおかずを前に、
手を合わせて有難くいただこうとしたそのときに、温泉たまごの存在を思い出した。
再び冷蔵庫の扉を開き、温泉たまごを取り出してラップを外そうとした瞬間、ラップにメモが張り付けられているのに気がついた。

『きっといつか二人で温泉に行って、本場の温泉たまごを腹いっぱい食べような!』

「・・・エド」
胸が詰まった。
「いただきます」
一人きりで、湯気のたつ食卓を囲みながら、心の中がほわりと温かくなるのを感じた。
口に入れた温泉たまごは、何故かほんの僅かしょっぱくて、涙の味にどこか似ていた。








保温ができる冷蔵庫発売記念小話
…で?っていう。


モドル