White Christmas. Holly Night



「…大佐?」
薄く開かれた扉の向こうに、すでに聞きなれてしまった少女の声がする。
「あれ?真っ暗…」
部屋中の明かりを消して、窓の外に降りしきる雪を眺めていた。
暗闇にすっかり慣れてしまった私には彼女の姿が見えているが、どうやら彼女には私の姿が見えないらしい。
「大佐…?」
繰り返し呼ぶ声が、僅かに不安げに揺れている。
「大佐?」
「…ここにいるよ」
驚かしてしまわないよう、なるべく静かに声をかけた。
窓の外で白く舞い散る雪が放つ光源に、ぼんやり照らし出された少女の顔が、安心したように綻んでいく。

***

「折角のクリスマスなのにね」
「…ん?」
「残業してるって聞いたから。可哀想だと思ってさ」
だから、ほら。
ターキーでしょ?ケーキでしょ?あとね、ワインも買った。シャンパンの方がよかった?
そう言いながら、抱えていた紙袋から嬉しそうに次々と取り出していく。
「また随分と豪勢だね」
「うん。沢山おまけしてもらった」
「そうか」
楽しげに微笑んだ少女が、そういえば。と不思議そうな顔をする。
「ねえ…?」
「ん?」
「なんで、真っ暗?」
「ああ。…雪を見ていた」

***

テーブルの上に料理を並べて向かいに座る。
切り分けたターキーを一切れ口に運んで、少女が首をかしげた。
「…温めてないから、おいしくないかも」
「十分だよ」
「そう?…あ、そうだ。仕事、もうよかったの?」
今更ながらの問いかけに、思わず苦笑が込み上げた。
「問題ないよ。仕事なら終わってる」
――本当は、残業するほどの仕事などなかったのだし。
ただ雪を見ていたのだ。雪と、そして…。
「…でも、よかった」
「ん?」
「大佐が仕事で」
「何故?」
「…だぁーってさ。仕事じゃなかったら、今頃ここにいないだろ?」
綺麗な女の人とデートするとか言ってさ、大佐絶対に俺となんていないもん。
冗談めかして殊更明るく話す声に、少女の心が透かし見えてくるようで。
本気でそう思っていたのだろう。
雪の中を小走りに、そのくせ何度も何度も立ち止まっていた。
「当たらずも遠からず、だな」
「――そう、だろ…?」
「魅力的な可愛らしい女性と過ごすつもりでいたよ」
「ああ…、やっぱり?」
「特に約束をしていたわけではないから、とても不安でね」
「そっか。…約束してなくてもその人、大佐のこと待ってるんじゃないの…?」
「いや。待つことを知らない子でね。恐ろしいほど真っ直ぐにぶつかってくる。そこがまた魅力でもあるのだけれどね」
「――も、いいよ」
かたりとフォークをテーブルに置き、止まりがちだった手をすっかり下に降ろして俯いている。
「もう、いい。聞くの、辛い。――大佐、行ってあげなよ。その人のとこ」
「…言っただろう?待つことを知らない子だと」
「でも…」
「だから、待っていたんだよ」
「――…え?」
「君がここに来るのをね、ずっと待っていたんだよ」
急を要する仕事が残っていたわけではなかった。
ただ、雪を見ていたのだ。
そうして雪の中をやってくるだろう、この少女をここでずっと待っていた。
「…待ってた?俺?」
「ああ」
「…本当に?」
「本当に」
瞳を見つめて頷けば、瞬時に顔を真っ赤に染める。
そして慌てた様子で再び俯き、そのまま顔を背けてしまう。
「鋼の?」
「…どうしよ、俺」
「どうした?」
「やばい、俺。…泣くかも」
震える声でそう呟いて、力いっぱい瞳を瞑って。
溢れ出しそうな涙を必死な様子で堰きとめている。
まるで子供のようなそんな仕草さえもが愛しいと、今は心の底からそう思う。
「おいで、鋼の」
「…無理」
足が震えて、だって立っていられない。
瞳いっぱい涙を溜めて、それでも笑って見せた少女の笑顔に引き寄せられていくように。
すがるように腕を伸ばした少女の身体を、包むように抱きしめた。

***

倫理だとか、常識だとか。
そんなものに囚われ続けて、大事なものを見過ごしていた。
恋だとか、愛だとか。
言葉にすれば簡単な、本当のそれを手に入れることができる人間なんて、ほんの一握りだと思っていた。
本物を手に入れてしまえば、大人も子供も関係ない。
たった一つの愛情を、たった一人の相手に捧げる。
あらん限り全ての愛を、たった一人の君に捧げる。
恋ははじめるものではなく、おちるものだと教えてくれたこの少女に。
「メリークリスマス、エドワード。…愛しているよ」
「…ふぇっ、クリスマス。大佐…っ」
本格的に泣き出してしまった腕の中の少女を抱きしめ直して、降り続く雪を見ていた。
降り止むことを知らない雪は、明日の朝には街中を白く染め上げるだろう。