So what ?
「なんでだろ?」
大佐が土産に買ってきた焼き栗を一人でぱくぱく食べながら、少女はしきりに首を傾げている。
「なあ、どうしてだと思う?」
「…さあなぁ」
子供だからだ。なんて言ったところで、この少女は聞き分けはしないだろう。
唇の端に栗の破片を残しながら、自分ではもうすっかり大人のつもりでいる。
「やっぱ、あれかな?胸とかちっせーから?」
なんか、俺。つるっ、ぺたっ、ぽちょん。って感じだし。
「そのぽちょんってのは何だ、ぽちょんっつーのは…って指すな!」
ここらへん?右手で足の付け根あたり――ダイレクトに言うならば股の間――を指し示すという、女性にあるまじき行動をとりながら、ううーん。と唸りひたすらに栗を咀嚼し続けている。
「全然だよ?全くだよ?気がついてないんだぜ?大佐ってそういうの聡いと思ってたのに」
「…ここ。ついてんぞ、栗」
唇の端を軽くつつきながら指摘すると、あ、さんきゅ。と赤い舌先がちろりとくりの破片を浚っていった。
そんな何気ない仕草に目を奪われる。
この見るからに男の子然とした彼女が、実は女であると知ってから。
なにも”彼女”に振り回されているのは、大佐ばかりなわけじゃない。
ひょんなことからその愕然たる事実を知り、何の因果か『恋の相談』相手として選ばれてしまった俺にしたって、何かとエドには振り回されてばかりの毎日だ。
「この間だってさぁ…。俺、服まで脱いだっつーのにさぁ…」
「――脱いだのか!?」
「うん」
結構長く彼の部下をやってきてはいるが。
いまだかつて大佐をこんなに不憫だと思ったことがあっただろうか。いや、ない。
「…そんで?大佐はなんて?」
「服着ろって言われた。そんで、脱ぐなって言われた」
「そらそうだ…」
大佐…。可哀想に…。
いかに大佐といえども、他に言い様がなかったんだろう。
彼の動揺が手に取るようにわかるだけに、乾いた笑いが込み上げた。
「なんで笑う!」
「あ、いや。お前のことを笑ったわけじゃねえよ。…つかな?エド。男の前で不用意に服を脱いだりするなよ?」
「それ、大佐にも言われたけど…」
「だろう?」
「でも、大佐だからじゃん?他の男の前で脱いだりしねえよ、俺」
いくらなんでも知らない男の前で服を脱いだりしないですー。
わかっているのか、いないのか。
エドはポイっと口に栗を放り込むと、無邪気な顔でそう言った。
『全然だよ?全くだよ?気がついてないんだぜ?』
エドはそう言うが。
――そんなわけねえだろう。
大佐がエドの想いに気がつかないわけがない。
大佐でなくとも注意深く観察すれば、すぐにだって気がつくだろう。
わかりやすいを通り越し、エドが大佐を見つめる視線は、いっそあからさまな程だった。
少年だとばかり思っていた以前と違い、女と知ってしまった今となっては、エドが大佐に抱く想いの種類がどんなものであるのかも、聞かずとも知っていた。
どこまでも真っ直ぐに、想いの丈を封じ込めたあんな瞳で見つめられ、大佐が気がつかないはずなどない。
――気づいていても。
大佐がいない執務室。
思う存分ソファにふんぞり返りながら、俺は隣で休む間もなく栗を食べ続けているエドの口元を見るとはなしに眺めながら、やるせない気持ちに駆られていた。
今は一心不乱で栗を口に運んでいるこの少女が、その背に背負うものの大きさと、そしてその重さの意味を。
それを知っているからこそ、ああそうですか、と彼女の気持ちに容易く応じてやれるほど、彼は非情な男ではない。
大事にしているのを知っている。
想う種類がなんであれ、大佐はこの少女のことを常に気にかけ、案じている。
「理想は中尉なんだけどさ。まあ、あそこまでとはいかないまでも、せめてもうちょっと…」
「ああ?なにが」
「え?だから、胸」
「まだ言ってんのか。お前、そこから離れろよ…」
「なんで!俺にとっては大問題なんだからさー」
ちょっとでいいんだけどな。せめて、もう一声!
知ってか知らずか、エドは暗くなりかけた俺の思考をぶち壊すような明るい声で、己の胸に向かって陽気な掛け声をかけている。
そんなエドを見るともなしに見つめながら、自然と笑みが零れ落ちていく。
「お前、知ってるか?」
「なにを?」
「胸っていうのは、揉まれると大きくなるんだってよ」
「…マジで?」
「おお、マジだ」
へえー、いいこと聞いた。
途端に笑顔を浮かべたエドは、あろうことか俺の目の前でいきなり己の胸を鷲掴むと、そのまま揉み始めた。
「…は!?何をおっぱじめる気だ、お前!」
「へ?だって、揉むといいんだろ?」
「バッ…!だから、おまっ!そういうことを男の前で…!」
心底何を言われているかわかりません。といった顔をして、エドはきょとんと俺を見上げている。
天然か。天然なのか。ああ、なんて…。
「――性質悪ぃ…」
「なにが?」
目を瞬かせながらも、視線が合えばニコリと笑う。
計算ならば、そのあざとさに底も知れるというものだろうが、エドのそれはどう見たって子供のそれで、とてもじゃないが計算とは思えない。それゆえに、底知れない恐怖を感じた。
男を知らない、少女の無邪気さが恐ろしい。
「…エド」
「なに?」
「お前、言ってもわかんねえなら、ちょっと痛い目みてみるか?」
「え?」
◆next