銀の雨、降る降る。
「あー、やっぱり降られたね」
「…そうだな」
「あれ、大佐ってば機嫌悪い?雨が降ってるから?」
やけに楽しげな声で少女が言った。
雨が降り出した夜の街。
傘を持たずに二人で駆け込む花屋の軒先、どちらといわずに身を寄せ合った。
雨に濡れた頬を冷たい秋風が撫ぜていく。
「このまま本降りになりそう。大佐?」
「ん?」
「も一度、走る?」
少女が指差す遥か遠くに、馴染みの中央司令部の建物が小さく雨に霞んで見えている。
「…いや。いくらなんでも、距離がありすぎるだろう」
「そう?じゃ、どうする?」
このまま、朝まで雨宿り?
小首をかしげて、歌うように尋ねられた。
「司令部に戻るくらいなら」
「うん?」
「私の家の方が、近い」
「そうだね」
少女はそう頷いて、ほんの僅かにくすりと笑った。
「…鋼の」
「なに?」
「そういう意味で言ったんじゃないからな…?」
「そういう意味って、どういう意味?」
あー、もう。本当に大佐って。
そうしてやっぱり楽しげに、少女は肩を震わせながら小さく笑った。
*
この少女が『少女』だったと気がついたのは、つい最近のことだったりする。
それまでは、ただの一欠けらすら疑うこともせず、少年だとずっと信じていたので、実は少女だったのだと知ったときのあの衝撃を表現するのは難しい。
頭を鈍器で殴られたような。――それは甘い眩暈とともに。
「…寒」
「今、暖房を入れたから。部屋が暖まるまでしばらくの辛抱だ。…着替えを用意しておくから、濡れた服はバスルームで…って、鋼の!」
「なに?」
「だから、どうして君はすぐに服を脱ぐんだ!?驚くだろうが!」
少女をバスルームに案内しようと振り向いた瞬間、余りのことに思わず怒鳴った。
例によって例の如く、少女は濡れた服を脱ぎ散らかして、既に半裸になっている。
「だって、濡れて気持ち悪いじゃん」
「そういう問題じゃないだろう…!」
自分でもどうかと思うほどの動揺ぶりだが、仕方あるまい。
なにしろ、免疫がついていない。
女性の裸ならばとうに見飽きた。しかし、この子は。
先日まで確かに『少年』だったはずの彼女が、いきなり女になったのだ。
…あくまで、私の認識レベルでの問題ではあるのだが。
それにしても、このギャップは如何ともしがたいものがある。
慌てて彼女に背を向けながら、手近にあった服を掴んで手渡した。
「とりあえず、これを羽織っていなさい」
「でもこれ、濡れちゃうよ?」
「それは全然構わないから!いいから着なさい…」
はーい。と気の抜けた返事を寄越しながら、背中越しに少女がごそごそシャツを羽織る気配がする。
「…あのさ、大佐」
「なんだ?」
「これって、パジャマ?」
「あ?どうだろうな。そうかもしれん」
適当に掴んだ服だ。確認までしていない。
「そっか。それでさ?」
「ん?」
「ボタン、留めて?」
「…は?」
手が悴んで、うまくボタンが留められない。
少女は無邪気な顔でそう言った。
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