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「はい、もしもし…」 「あ、センセー?クローネ!」 「…は?」 愛されたがりなお前はいつも、キラキラ光る髪と同じに綺麗な言葉を並び立て、甘い匂いを撒き散らす女を口説いて本気だと愛の言葉を口にする。けれど女という生き物はお前なんかが思うより、ずっと愛に敏くて臆病だから、キラキラ振り撒くお前の言葉がニセモノだって、聞いた端から見抜いているんだ。 自分の言葉が本気だと、心底信じるお前が気づかぬその嘘を、女は気づいているんだよ。 愛されたがりのお前以上に、女はいつでも愛されたがりだ。お前が求める”母親”なんて誰もなってはくれないさ。 だから、なあ。少しくらいは、それに気づけよ。 世界の車窓から。
「なあ、今ので俺がどこにいるかわかった?」 「いや、さっぱりだな。…一体どこにいるんだ?」 「トロンハイム」 「…どこだ、そこは」 「クローネ、って言ったじゃんよ。クローネっていったらアレだろ。ノルウェー」 「ああ、ノルウェー…。ってそれは挨拶じゃない。通貨単位だ」 「あれ、そうだっけ?」 「そうなんだ」 電話口から聞こえる陽気な声は、一昨年クラスを受け持ったエドワードのものだ。 主席で卒業していった記憶にも記録にも残る彼は、後にも先にも彼ほどの逸材はでないだろうと噂されるほど、ずば抜けた頭脳を持ってはいたが、天才となんとかは紙一重とはよく言ったもので、言動が些かなかなかどうして理解しがたい、ずば抜けた感性の持ち主でもあった。 「今度は一体どういう理由で、そんな遠いところまで行ったんだ?」 「あのね。センチメンタルジャーニーなの」 「…またか」 「またか、とかいうな!しかも溜息とかつくな!俺、センチメンタルなんだぞ?」 「あー、はいはい」 なんでどうしてフラれたんだろ…!と耳元で喚くエドワードの声に、思わず受話器を耳から遠ざけながら、煙草を銜えて火をつける。吐き出す煙に紛れてひっそり溜息をつきながら、テーブルにあった灰皿を手元に寄せた。 「もうすぐ、クリスマスだっていうのにさ…」 「そうだなあ」 「浮かれたカポーたちで街中が溢れかえる季節だっつーのに」 「そうだなあ」 「今年こそは、俺がその輪の中心に立つ予定だったんだ…」 「…あ」 「え?」 「だから、ノルウェーなのか?クリスマスっぽいから?」 「そうそう!流石センセー、俺に詳しい」 女にフラれたと言っては電話を寄越すエドワードは、そのたび何故かどこかしらの異国の地を彷徨っている。 いつだったか理由を問うたら、旅人だから、と返された。 「すんげえ綺麗なおねえさまだったんだー…」 「また年上か」 「そう。凄くいい感じだったんだぜ?綺麗な髪ね、なぁーんて頭撫でてくれたりしてさ」 「それは所謂、ペット感覚でじゃないのか…?」 「えっ、ベッドまで行ったのに?俺、ペット!?」 「あ…、そうなのか。すまなかったな。まあ、アレだ。…ドンマイ」 「…アンタ、今すんげえ失礼な想像しただろ…」 「なんだ、てっきりやらかしたのかと。…違うのか?」 「違うわ!つか、つか…なんで?素敵な夜だったわ、ありがとう。って、そうじゃなくって遊びじゃなくって、俺はさ。なんでだろ…。なんで誰も本気で相手してくんないんだろ…」 陽気だったエドワードの声が、よわよわと力を失っていく。 「俺はいつだって本気なのに」 それは寒さによるものなのか、電話口でエドワードが、すん、と小さく鼻を鳴らした。 エドワードはいつでもフラフラと、優しげな年上の女を見つけては、誘蛾灯に引き寄せられていくように。 キラキラ光る髪と同じに綺麗な言葉を並び立て、甘い匂いを撒き散らす女を口説いて本気だと、愛の言葉を口にする。けれど女という生き物はお前なんかが思うより、ずっと愛に敏くて臆病だから、キラキラ振り撒くお前の言葉がニセモノだって、聞いた端から見抜いているんだ。自分の言葉が本気だと、心底信じるお前が気づかぬその嘘を、女は気づいているんだよ。心の奥底きっと自分で気づかぬうちに、女に見知らぬ母の記憶を求める愛されたがりのお前以上に、女はいつでも愛されたがりだ。お前が抱く幻想の、愛を与えてくれる”母親”なんて誰もなってはくれないだろう。 「…ノルウェー、か。寒いんだろうな?」 「うん、寒い。想像を絶する寒さな感じだけど、ノルウェーだしね」 「そうか。…今回も汽車旅なのか?」 「そうだよ。もうすぐ町が見える…。多分、ハーマル辺り」 「ハーマル?」 「そう。湖のほとりにある、なんにもないけど綺麗な町」 「そうなのか」 「うん。…そこのホームでセンセーが手を振って見送ってくれる」 「なんだ、乗せてはくれないのか」 「…だって、センセー」 「ん?」 「ハーマルには、きっと停まらないんだ…」 センチメンタルジャーニーとやらを繰り返すエドワードは、先週はブルガリア、先々週はモロッコにいた。 頭の中で旅をしているのだ。そしていつも汽車に乗っては、その車窓から見たことのない風景を追っている。 想像上に引かれた線路の上をガタゴト揺れて走る汽車に、乗客はただ一人。 旅の途中で登場する私はいつも見ているだけで、その汽車に足を踏み入れたことはない。 「エド。お前、今どこにいるんだ?」 「ノルウェー」 「それはわかった。で、どこだ」 「…先生ン家の前」 「は?」 受話器を耳にあてたまま勢いよくカーテンを引けば、ぽつりと灯る街灯の下、エドワードが所在なさげに立ち尽くしている。 「よぅ」 「よぅ、じゃないだろ。お前そんなとこで何やってんだ、早く上がって来ないか」 「…いいの?」 「あ?」 「いやだってさ…。彼女とかいたりしたら、気まずいじゃん?」 散々電話で話しておいて、今更彼女とやらに気を使うあたりが彼らしい。 愛されたがりだった私もかつて今のお前と同じように、綺麗な言葉を並び立て、甘い匂いを撒き散らす女を抱いては愛の言葉を囁いた。けれど女という生き物は男なんかが思うより、ずっと愛に敏くて臆病だから、私が自分のために紡ぎ出す愛の言葉がまがい物だと、聞いた端から見抜いていった。愛されたがりの私以上に、女はいつでも愛されたがりだ。寂しがりで愛されたくて安っぽい愛の言葉を振りまきながらも、そんな自分勝手な自分のそれは本気だと、心底信じる私が気づかぬその嘘を、女は端から気づいていった。そしてある時、気がついたんだ。自分が信じた本気というのが、いかに上辺を撫でるに等しいニセモノであったかを。相手は誰でも構わない、自分の為のそれじゃなく、たった一人の誰かを欲しがる本気の愛のその意味を。 「…いるか、そんなもの。いいから早く上がって来い」 「うん。…えへ」 エドワードが階段を駆け上がる音とともに切れた電話の受話器からは、ツーツーツーと一定のリズムを刻む無機質な音が聞こえている。 旅の途中の駅のホームにいつでも私を置き去りにする、お前は配置を間違えている。 そんな半端な駅にはお前が欲しがる甘い匂いを撒き散らす砂糖菓子で出来た女を並べて飾っておけばいいんだ、向かう先の終着駅で私がお前を待っているから。お前が辿り着くのをずっと、きっと必ず待っているから。 通話ボタンをオフにして、直に扉を叩くだろうエドワードを迎えに玄関先へ足を運んだ。 扉を開ければ途端に飛びついてくるだろう、慰めてー!の言葉と力任せのタックルを、いつものようにかわすのは、今日を限りで終わりにしようか。 「センセ、開けてー?」 「…ああ」 扉を開けた瞬間に飛び込んできた、慰めてー!の言葉とともに、エドワードを抱きとめた。 「あ、あれ…?」 「どうした?」 「…避けねえの?」 「ああ、もうやめた。…なあ、エドワード」 「なに」 「お前、本気で欲しがってみたらどうだ」 「え?」 「本気で欲しがってみろ。そうしたら…」 「…そうしたら?」 そうしたら、お前が欲しがる感情を、お前が無意識に求める母親の愛情とは違っても、言葉にすれば陳腐に聞こえる、けれど本気の愛情を、うんざりするほどお前にくれてやりたいと思う相手がきっと容易く見つかるだろう。愛されたがりで寂しがりの、お前が来るのを両手を広げて待っている。だから、なあ。少しくらいは、それに気づけよ。 「センセー?」 「ん…」 お前をいつでも待っている。 俺に、気づけよ。 |