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「大佐…」 「気にするな」 「気にするな、って言われても」 「大丈夫だ。ヒューズがうまくやっているだろうから、心配するな」 「それはそうかもしれないけどさ…」 「あー、それにしても腹が減ったな。いっそ遠出して美味い飯でも食いにいくか?」 そうだ、車で出かけるか?なににしようか。鋼の、君は何が食べたい? この男にしては珍しく、捲くし立てるように言葉が紡ぎ出されていく。 饒舌だと思われがちなこの男が、実は寡黙な男であることは知っている。 「…なんでもいいよ。俺は別に」 「そうか?」 「なあ」 「なんだ?」 「…別に、あんなのどうってことなかったろ?いつもと同じ、ただのくだらない嫌がらせじゃねえかよ」 「――くだらない、だと?」 そう呟いて振り向いた男の顔が、不自然に歪められている。 先程の氷のような男の表情を思い出し、一瞬身体が竦んだ。 「だ…って!あんなのいつものことじゃねえか。俺は別になんとも思っちゃいねえよ。あんなの慣れたし、謝って欲しいとも思わない」 「慣れるなよ」 「なんの根拠もない中傷なんかに耳を貸すなって、慣れろって俺に言ったの、アンタだろ!?」 「――確かに言ったがな。それでも私は、許せないよ」 「大佐?」 「許さないよ。聞こえよがしに悪し様に。何も知らない馬鹿共が、君のことをとやかく言うのを許せない」 「…大佐」 「殺してやれば、よかったな…」 冗談だ。小さく笑ってそう言った男の目が笑っていない。 「――鋼の。私はね、自分で思っていたよりも、随分と心の狭い人間らしい」 「…え?」 「本気で殺してやろうと思った。君のことを愚弄されて黙っていられるほど、私はできた人物ではないよ」 「大佐…」 「決して許さない。例えそれが君自身でも」 「…なに?」 「例え君が、君自身を卑下するような言葉を吐いたとしても。私はそれを許さない」 私はそういう男だよ。覚えておくといい。 そう言って彼は静かに微笑むと、再び前を見つめて歩きはじめた。 そして、俺は言葉を失った。 *** 心の中に、薄く張られた膜がある。 何があってもどんなに心を深く抉られても、誰にも見せない心の奥底、決して傷つかぬよう、 必死で紡いで張り巡らせた薄い膜。 心無い言葉を投げつけられる度、内に張られたその膜は、緩く静かに膨張しつづけ、 今ではその形全てを捕らえられない程に大きくなった。 一人でいいと思っていた。傍らにいつも弟の姿があったとしても。 心に刺さる無数の棘。傷つくのは自分一人で構わない。ずっとそう思ってきた。 その思いが、揺らいでいる。 自分のことで、こんなにも。怒りを顕わにする、この男の存在を。 嬉しいと、そう思うことは罪なのだろうか。 心に張られた薄い膜。ぎりぎりのラインで保たれ続けた表面張力。 彼という存在が、雫となって心の中に降りそそぐ。 投じられた一雫が、その膜を突き破り、内から外から溢れだし、未だ留まることを知らない。 心の中の表面張力。想いが溢れる。 |