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PUMMELO
7歳だった兄さんは、通りすがりの頭のオカシイ男に連れ去られ、 それからの5年間、面白おかしく毎日を、そいつと二人きりで暮らしていたと噂に聞いた。 村に戻って12になった兄さんは、とても見事な金髪と、透けるような白い肌を持っていて、 それは弟である僕の目からも鮮やかで、時折ぞっとするような、艶やかでいやらしい笑みをする。 その時僕は兄さんに、それを確かめたことはなかったし、きっとこの先、確かめることはないだろうから、 噂どおりに兄さんが『男を咥え込んでいた』のかなんて、僕には一生わからない。 ある日突然、この村に『戦争』がやってきた。 街から沢山の軍人が、見たことのない道具を持ってやってきた。 僕らの住む村は既に過疎化が進んでいて、村にいるのは歳をとった大人達と、後に残された子供だけ。 働き盛りの者たちはほとんど街へ出ていってしまっていたから、戦争とともにやってきた若い軍人達に恐れ慄きながらも、村のおばさんや数少ない娘達は、それでも色めきだって将校達に熱を上げていった。 戦争というものがどんなものであるのかを、平和な村に暮らしていた僕達は全然理解していなかったのだ。 村中のいたる場所から、いくつもいくつも炎があがり、家も田畑も焼き尽くされた。 大人達は慌てふためき、子供達は泣き叫び、そして何もなくなった。 掌から焔を熾し、この村を焼き尽くしたのは、女達が一番熱を上げていた、歳若い一人の将校。 「アンタ、凄いな」 「…え?」 「手から焔が出せるんだな。凄いな、凄いな」 凄い凄いと子供のように手を叩いて喜ぶ兄さんを、その男はしばらくじっと眺めていた。 そしてその焔を出す手を伸ばし、兄さんの頭にポンと乗せた。 「…村を燃やしたのは、この手だぞ?」 「知ってるよ、俺、見てたから」 そう言って兄さんは、見たこともない壮絶な笑みを浮かべて、うっとりとその男を見つめた。 それから兄さんは、ちょくちょくと軍のキャンプ地に顔を出しては、食べ物を貰ってくるようになった。 それは焼き立てのパンであったり、新鮮な卵であったり、時には初めて見るような珍しい果物だったりした。 「なあ、アル?この果物の種、埋めたら芽が出るかなあ?」 「どうだろう?でもそうなったら、また食べられるね!」 僕らはそう言いながら、その珍しい果物の種を、二人で焼き払われた裏の畑にまいた。 いつか実がなったなら、きっと二人で食べようと、そう約束して二人きりでこっそり笑った。 この村の者に他所から流れる食料などの物資は一切与えられていなかったので、村の人々は口々に兄さんの悪口を言ったけど、兄さんは特別気にしてはいないようだった。 「アル、アル!」 「なに?兄さん」 いつもと同じようにキャンプ地に出向いていた兄さんが、顔を輝かせて戻ってきた。 「なあ!俺達のこと、軍で面倒みてくれるって!やったな!アル!」 「…え?」 嬉しそうに笑顔で話す兄さんの、言っている意味が理解できない。 軍が面倒みるってどういうこと?僕らは軍人ではないし、ましてや侵略された村の人間だ。 「あそこにいれば、いつだって食べ物も手に入るし、屋根のある場所で眠れるし!なあ、アル。早く行こう?」 「…いやだ」 「え?」 そう言って、早く行こうと急かしていた兄さんの腕を振り払った。 兄さんは一瞬とても不思議そうな顔をして、そして僕の顔を見つめた。 「そんなの変だよ。どうして軍が僕らの世話なんかしてくれるのさ?…それに、あいつらのせいで、僕らは住む場所も食べ物も無くしたのに、兄さんなんとも思わないの!?」 「アル。それは…」 そう言ったきり俯いてしまった兄さんを見て、腹の底から怒りが込み上げてくる。 この戦争も今置かれた状況も、なにもかもが兄さんのせいに思えてくる。 気がつけば、僕はやり場のない怒りを全て兄さんにぶつけてしまっていた。 「兄さんは、どうしようもない『淫乱』だから、また『男を咥え込んで』あの男に取り入ったんだろ!?」 そう言った瞬間、兄さんの顔色がさっと青褪めた。 「この村ではもの珍しい金髪で白い肌が『男好き』するだけで、またすぐに『捨てられる』のに!この『淫売』!!」 「アル…!」 兄さんが細く悲鳴を上げる。 叫ぶようにして兄さんに叩きつけた言葉の意味を、僕は全くと言っていいほど理解していなかった。 ただ、村の人たちが兄さんについて噂する、その言葉をそのまま兄さんに投げつけただけのことだった。 それでも小さく震えながら、それきり黙りこくってしまった兄さんを見て、僕は密かに昏い喜びに打ち震えた。 怒りを吐き出した喜びと、村の人々が今までどんなに兄さんに同じ言葉を投げつけたとしても、顔色一つ変えなかった兄さんを打ちのめしたという残酷な事実に、ただひたすら優越感を感じて。 「…随分な言われようだな」 「…っ!大佐…っ!」 昔、家の扉があった所に、男が一人立っている。 そうだ、あれは。掌で焔を熾すあの男。この村を燃やし尽くした張本人。 「そんな悪し様に言われて。それでも大事か?弟が」 「アルは…ッ、本気じゃないから!本気でそんなこと言ったりしないから…っ!」 必死な様子で男に言い訳する兄さんが、殊更滑稽に見えて、僕は心の底から兄さんを軽蔑した。 「兄さん、何言ってるのさ。僕は本気だよ…?僕は兄さんと一緒に行ったりしない。兄さんと一緒に居るくらいなら、一人でいた方がいい…!!」 そうして戦争が村を去り、軍人達も村から去った。 そしてあの焔を操る男は、街に戻るその時に、兄さんを一緒に連れて行ってしまった。 「アル…。きっと、おいでね?俺、待ってるから。必ず、ね?」 男の傍らに立った兄さんはそう言うと、とてもとても寂しそうに笑った。 残った村の人たちは、兄さんがまた男を誑かしたとそう言って、あの淫乱はやっぱりあの男まで咥え込んでいたのだと、そう言って、でもいつか、また飽きられて捨てられる。それで村に戻ったところで、帰る場所などあるものかと、そう言って。 誰もが口々に兄さんの噂話をするのだけれど。 その時、僕の目の前に兄さんの姿はなくて、それを確かめることなどできないから、本当のことなんて、僕には一生わからない。 あれからいくつの季節が巡り、草木が芽吹き、燃え荒れ果てたこの村に、再び静かな時間が戻った。 裏の畑に二人で埋めた種が芽を出し、いつしか僕の身長を追い越して、その枝にたわわな実をならしても、 いつか一緒に食べようと、そう約束した兄さんは、あれからずっと戻ってこない。 |