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胸と喉奥に何かが圧し掛かっているような、そんな重たい気持ちを引き摺るようにしながら家路についた。 家に着くと、珍しく今日は定時であがれたのだろうか、妙に浮かれた様子のロイがいた。 周りの空気がウキウキしていて、今にも踊りだしそうな足取りだった。 「…どうしたの?」 「ああ、おかえり」 「ただいま」 「違うぞ?」 「え、なにが?」 「いや、わかってないならいい」 「なにを?」 「リザと付き合うことになったのか、とか言い出しそうだったから」 「…違うの?」 「違うよ」 リザさんというのは、最近よくロイに電話を掛けてくる女の人の名前だ。 なんでもロイの部下らしく、電話をかけてくる内容も仕事の話だとロイは言うのだが、俺はあやしいもんだと思っている。 別に聞き耳を立てているわけでもないのに、かかってきた電話の傍にいると、ロイは俺に向かってしっしっと猫を追い立てるようにしながら邪険にするので、腹が立つ。 付き合ってるの?とか、もうヤったの?とか聞くと、めちゃめちゃ不機嫌になって怒り出す。 いろんなことを話し合おうと言ったくせに、ロイはそういうところで秘密主義だ。 別にヤったかどうかまで言わなくてもいいし、というより、はっきり口に出されたらへこむだろうけど、せめて付き合ってるのかどうかくらい教えてくれてもいいと思う。ヒントでもいい。そうしたら、きっと俺は諦める。もっとずっと、今以上にロイを諦められる。 「じゃあ、どうしたの?」 「仕事が決まったんだ。かかりっきりで一年かけて臨んだプロジェクトだからね…、感慨もひとしおだ」 「そっか。おめでとう。あと、お疲れさま」 「ああ、ありがとう」 珍しくニコニコと笑うロイにつられるように、ニコニコと笑いながら、いつものように夕飯の支度をしようとキッチンに立った俺を見て、ロイが小さく、あ。と声を上げた。 「なに?」 「これ、買って来たんだ。忘れるところだった」 そう言って、ロイがビニール袋から箱を二個取り出した。 「おお!白ららじゃん!」 「ああ、今日は特別に、お一人様一つずつだ」 「すげえ、籠丸ごと食っていいの?」 「勿論だ。季節限定の苺白ららと普通の白らら、どっちがいい?」 「普通の白らら!」 「…苺じゃないのか」 おや、珍しい。というように、ロイが片眉を顰めている。 確かにいつもの俺であれば、迷わず苺を選ぶだろうが、なんせイチゴのパフェを食べてきたばかりだ。流石にちょっと苺は勘弁だった。でも、苺以外は問題ない。 お茶を淹れ、カレー用のスプーンを二個握り締めながらテーブルに向かうと、既にロイは箱を開け、セロファンをパリパリと剥がしているところだった。 「本当さ。ロイって、白くてフワフワしてるの好きだよな」 「それだけが好きってわけでもないんだが」 「でも、好きだよね」 「…好きだね」 そう言いながら、スプーンから一口、白ららを口に運んだロイは、なんとも形容しがたいほどには嬉しそうだった。 ロイが嬉しそうな顔をみるのは好きだ。俺も同じように嬉しい気持ちになれるから。 そんなことを思いながら、俺も一匙、白ららを口へと運ぶ。 見た目同様、フワフワとした食感は、舌に載せた途端に、ふわりと溶けて滑らかな余韻を残した。 「これ、たまに食うと感動するよね…」 「値段の割りにうまいよな。ふわっとしながら、実は滑らかだしなあ…」 「そう、なめらか。…なあ、なめらか、ってさ」 「ん?」 「なかなか、ないもんだよね」 「そうだねえ。小説やドラマ、映画とか。そういうのでもなければ、躓きっぱなしっていうのが、本当のところだろうな」 「…ロイってば、今日はお口がなめらか」 「多分、浮かれているから、だろうな…」 照れたように微笑うロイを見て、自覚のないまま閉じ込めまくっていた想いが、再びと膨れ上がるのを必死になって押さえ込む。 これ以上の自覚はまずい。この感情はいけないものだ。このままじゃ一緒に居られなくなる。ロイは俺の家族なのに。 「…なあ、エド」 「な、なに」 「今度、長めの休みが取れたら、二人でどこか旅行にでも行こうか」 「え?…え、どしたの、急に。いくらなんでも、浮かれすぎ…」 「いや、何か。嬉しいことを報告できて、それを聞いてくれる君がいて。それが君でよかったなあ、と思って…」 なめらかな声色でロイがふわっと笑うのを見て、俺の中で何かがパチンと弾ける音がした。 「エド?」 「…うん」 海の幸に囲まれたいから、伊豆がいい、とか。松坂牛が食いたいから、神戸も行きたいとか、でも何処でもいいよ、ロイが一緒なら、って言いたかったのに、俺は何も言えなくなって、ただ黙ってロイのことを見つめていた。 「なんか言ってくれないか。…間が持たない」 いつもと違う沈黙に、困ったような顔をしたロイが言う。 「うん。…うん、ロイ」 「ん?」 「俺さ、俺もさ。ロイがいてよかった。最後のひとりが、ロイでよかった」 ロイは俺にとって、最後のひとりだった。 父さんも母さんも、アルも失くした俺には、ロイがこの広い世界でたった一人残された最後の肉親、最後のひとり。 この人と家族になれて本当によかった。心の底からそう思った。 たとえ、家族以上の感情を抱いたとしても、ロイが俺に唯一残された最後のひとりだという事実に変わりはない。ロイが大事だ、なによりも。 他のなによりこの人が大事で、ただどうしようもなく好きだと思った。 「…エド」 「うん」 「お前も私の、最後のひとりだ」 「うん」 「…旅行、何処に行こうか?」 「海の幸と、山の幸…」 「ああ、わかった」 答えになっていない俺の答えに、それでも真面目な顔をしながらロイは大きく頷くと、スプーンに乗ったままだった苺のソースが入ったロイの白ららを、俺の口に徐に突っ込んだ。 散々食べて飽きたはずの苺のソースは、ふわっと溶けて舌の上に甘い余韻を残して消えた。 ** 5年前、春先に季節はずれの雪が降った日、俺はロイと出会った。 それからゆっくり時間をかけて、二人で一緒に家族になった。 近づく距離に俺の想いはいつしか家族の枠を超え、自覚のないまま膨れ上がって、形を捉えられないくらいに大きくなった。 けれどこの先、どれほど重たく抱えきれぬほどの想いを背負うことになろうとも、俺は決してロイに想いを告げることはないだろう。 だって俺たちは家族なのだから。必死な思いで互いに家族になった、今を壊したくはない。 『ここはどこだ、わたしは誰なんだ。どうしてわたしは生まれてきたんだ』 あのとき観た映画の中で、ミューツーが繰り返す悲痛な叫び。 そのとき俺は、これは自分だと思った。自分はミューツーなのだと思った。 そして、それは間違いだと教えてくれたのはロイだった。 気がつけば、俺は幸せなピカチューになっていた。 父さんと母さんとアルを失い、意味がわからず泣くことすらできなかった子供の俺を、諦めることなく大事に愛してくれたロイの傍らで。 あのときはわからなかった喪失感と、その意味を。認めることができるようになった後でも、俺は一度もそれを思って涙を流したことがない。 それほどまでに、俺は幸せなピカチューだ。 失いたくない、絶対に。俺にとってのサトシはロイだ。 もしもロイがサトシのように、石になってしまったら。 もしも失うことがあるのなら、俺もきっとあのときのピカチューのように泣くだろう。 ピカピ、ピカピ、と繰り返し、その傍らで名前を呼んで。 何度も何度も繰り返し、名前を呼んで、ロイを想って、泣くのだろう。 笑いどころ満載で鋼とポケモンのWパロなどをお送りしてみたり。 エドが苺パフェ食べた後に白ららまで食っていることに、ひどい胸ヤケを覚えます。 ちなみに、白ららというのは銀のぶどう『かご盛り 白らら』というチーズケーキのことです。 念のため。 ↓モドル↓ |