大人なんてつまらない



「んでな?パパァってさー」

バカが上機嫌で、真新しいウィスキーボトルの口を開けている。

「おかえりなさーい、パパァー。ってよう」
「…ああ」

そして、自分のグラスに並々と酒を注ぐと、そのまま氷の溶けかかった俺のグラスに酒を満たした。
気づいているのかいないのか。
ウィスキーとは、そんな飲み方をする酒じゃない。

「目の中に入れても痛くないっつーか、いっそ喰っちまいたいくらいに可愛いっていうの?」
「ああ…」

浮かれた様子もそのままに、軽くグラスを傾ける。
中の氷がクルリと廻り、グラスの淵に当たってカラリと涼しい音を立てた。

「あー、もうたまらん。天使だ、あの子は。…ってオイ、聞いてるか?」
「…聞いてるよ」

そうかそうかと満足げに頷きながら、目を細めて笑って言った。

「…それでもいつか、大きくなって」
「ん?」
「知らねえ男に惚れられ惚れて、きっと嫁に行っちまうんだろうなあ…」
「随分と気の早いことだな、ヒューズ」
「バーカ、お前。子供なんて日々成長してんだぞ?そんで、あっという間に大人になっちまう」
「――…そうだな」

滅多に会えるものでもない、少年の顔を脳裏に思い描いた。
会うたび確実に成長している彼を思えば、バカの戯言もあながち杞憂とも思えない。
子供は何事も吸収が早い。不確かな土壌は、その柔軟性の現れだ。
見聞きしたこと、感じたこと。
それらを全てを自らの栄養に変えて、日々着実に育っていく。
先に立つ大人たちは、子供の成長に目を見張り、目を細め、その輝きに目を奪われる。

「見た目は、全く成長していないんだがな…」
「あ?ああ。…なるほどねえ」

眼鏡を外しながら、にやりと口元で笑うと、したり顔で頷いた。

「…なんだ」
「いやいやー。いつまでたっても独り身なお前とだな、子を持つ親の心境を分かち合える日が来るなんて、と喜びを噛み締めているわけだよ。乾杯!」
「なにが、乾杯だ。お前のような親バカと私を一緒にするな!」
「大して変わんねえよ。だってお前、アレだろ?将軍にエドのこと揶揄られて、すげえ勢いで噛み付いたってな?聞いたぞ、俺ぁ」
「噛み付いてなどいないよ。人聞きの悪いことを言うな」
「『あれは天才です!』…ってか?」
「…本当のことを言ったまでだ」
「まあまあ、そう拗ねるな。俺はその話を聞いて、心底嬉しかったんだからよ。…エドだって、それ聞いたら喜ぶぜ?」
「あれがそう素直に喜ぶわけないだろう」
喜ぶどころか『ばっっっかじゃねえのぉぉぉぉぉー!?』などと言われるのがオチだ。あれはそういうガキだ。
「それでも」
「ん?」
「喜ぶさ。だって、あの子はまだ子供だ」
「――ああ」

子供だと言われることを嫌うあの少年は、気がついているのだろうか。
人の一生の間で、子供と呼ばれる時代が、いかに短いかということに。
子供だからと許される、それがどれほど貴重であるのかを。

「もっと、甘えりゃいいのにな」
「自分がそれを許してないんだ、仕方ない」
「…もっと、甘えさせてやりゃあいいのに」
「できると思うか?子供でいることを捨てさせたのは、私だぞ」

溶けた氷が、飴色に光るウィスキーに薄い水の膜を張る。
二つの膜を一つにあわせようと、グラスを揺らす。
ポチャン、と音がして嵩の増したグラスから、酒が飛び出て指を濡らした。

「上手くいかねえもんだなあ…」
「横着をするからだ」
「随分と、煮え切らない話の逸らし方すんじゃねえか」

マドラーを手渡そうとした瞬間、鼻で笑われた。
出した手を引くわけにも行かず、そのままマドラーの先でバカの額を突いてやる。

「痛てえな、オイ!つか、危ねえだろうが、なにすんだ!」
「お前がやれ」
「…ああ?」
「私があれを甘やかすことは許されない。…だから、お前がやれ」
「ロイ…」
「あの子に、教えてやってくれ。もっと甘えていいのだと。そして、その方法を」
「…言われなくても」

大人なんて、つまんねえな。
そう呟いたヒューズの声が、不意に溢れ出した酒場の喧騒の中に紛れ込む。

「そうでもないさ」
「うん?」
「子供はすぐに成長すると言ったのは、お前だろう?」
「言ったが・・・」
「あっという間に追いつかれるよ。気づいたときには、追い抜かれた後かも知れん。
だから、目を凝らして見続けようと私は思う。私の隣を駆け抜けていくだろう、あの子のことを。
――そんなものは、大人だからこその楽しみだろう?」
「…なあ、ロイ」
「ん?」
「お前、人のこと言えねえな。相当の親バカだと、俺は思う」
「そうか…?」

どっちもどっちだと、互いに顔を見合わせながら、声を立てて笑い合う。
酒場はより一層の騒がしさを増し、続く夜の始まりを明るく賑やかしていた。





ヒューズ・ロイ(親バカ大会)


モドル