勝率50% ―王様ゲーム―



「…そもそも、二人きりで王様ゲームやろうって段階で間違っているのではないかと俺は思う」
「思ったのなら、その時点で異議申し立てをしたらよかっただろう?」
「それはそうなんだけどさ。俺の知ってるのと違うやつかと思っちゃったんだよ…」
クジとして利用された紙の切れ端を手にして、往生際も悪くエドワードが足掻いている。

**

「合コンに誘われちゃったよ、大佐!」
執務室の扉を開くなり、エドワードが意気揚々と叫んだ。
「…合コン?君が?」
「うん!少尉経由でお誘いきたの。オネエサン達がエドワード君も是非って言ったんだって〜」
「あー、そう」
合コンに誘われなくなって久しい29歳独身のマスタング大佐は、内心ちょっと面白くない。
「…そうだ、鋼の」
「なに?」
「君、【王様ゲーム】って知ってるかい?」
「うん?あ、うん。聞いたことだけある」
「やったことは?」
「ない」
「そうか。ならば実践してみるか?」
「…はい?」
「合コンといえば【王様ゲーム】がつきものだからね。君が恥をかかないように、私が直々に伝授してやろう」
大佐がにこりと微笑んだ。
そこにいるのがエドワード以外の他の誰かだったなら、すぐに気がついただろう。
絶対何か企んでいる、と。
彼もまた、胡散臭い気配には気がついてはいたのだが、如何せん疑惑よりも好奇心が勝ってしまうお年頃だったので、素直にこくりと頷いてしまっていた。

大佐が紙の切れ端で作った即席のクジは二枚きり。
片や王様、片やしもべ。
王様になる確率は50%。
しもべになれば従うしかないが、王様になれば大佐に絶対的な命令を下すことができる。
それはエドワードにとって、魅惑的な提案だった。
――例えば、そうだな…。
跪いて足をお舐め、とか。…やっべ、どうしよ。ワクワクする。
想像だけで楽しくなってしまった彼の中で、自分がしもべになるという選択肢は既に存在していなかった。



「どちらにするか決めたか?」
「うん、決めた」
「それでいいんだな?」
「うん、いいよ」
「ファイナルアンサー?」
「…アンタも大概しつこいな」
エドワードは、向って右のクジを選んだ。
それを引こうとした瞬間から、大佐がやけに念押しをしてくるので、絶対にこれが【王様】に違いないと確信していた。
クジを作ったのは大佐だ。それに何らかの小細工をしているだろうことは必至。
大佐は右のクジを引かせたくはないらしい。ならば、これが【王様】で決定。
エドワードは、比較的単純思考の持ち主だった。
「『王様だーれだ!』で互いの札を見せ合う」
「…へえ。そうなの」
「では、いくぞ」
「うん」

『王様、だーれだ!!』

「私だな」
「えっ、うそ!あれっ…?」
エドワードはまじまじとクジを見つめた。
王様と書かれているはずのクジには【貴様が下僕】との文字がくっきりと記されていた。
「うっわ、ムカつく…」
下僕。貴様が下僕。大佐の文字で書かれた言葉が脳内をリフレインしている。
「鋼の」
「ああ?」
「私が【王様】だ」
「…だから、なに」
「さて、何をしてもらおうか?君という名の下僕に!」
「っ!そ、そもそもがおかしいだろ!?」
それから30分、今だエドワードは足掻き続けていた。

**

「いい加減、腹を括ったらどうだね」
「だってさ…」
「そんな無茶を言ったつもりもないんだがな」
「む、無茶だろがよ!なんで俺がアンタにキ…!」
勢い込んでいたエドワードが、唐突に口を噤んだ。
「…おいおい、そこで黙るのか?まあわかってはいたことだが、君も相当ウブいなぁ」
「ウブいとか言うな!」
「だってそうだろう?キスの二文字を口に出すのも恥ずかしいって、今時珍しいにも程があるだろう」
「俺を今時のギャルの皆さんと一緒にしないでください…!」
顔を真っ赤に染めて、必死な様子で吼えている。
「そんなにイヤかね?」
「…やだ」
「ほっぺにチュ。でいいんだがな」
「やだよ…」
消え入りそうな声で、それでもしっかり拒絶している。
大佐は今にも泣き出しそうな顔をして俯いてしまったエドワードを見て、溜息をひとつ吐いた。
ふーん、そうか。そんなにイヤか。なるほどね。私とキスをするのはそんなにイヤなのか。そうかそうか、へー。
…なんでだ?男だからか?とはいえ、私はそこそこの男前だし、肌もつるつるしていて綺麗なもんだ。
キスしたくなる顔してるよね、って言われたことも一度や二度ではないんだぞ。
…なのに、何故!そもそも、私は王様なのに!王様の命令は絶対だろうが…!!
一見、平然とした様子を装いながらも、大佐は地味にキレていた。
「…わかった」
「え?」
「そうまで言うなら、先程の命令は反故にしよう」
「…いいの?」
「ああ。その代わり、新しい命令をくだす」
「なに?」
「【王様】である私が【下僕】である君にキスをする。以上!」
「は?え?なんだよ、さっきと変わってねえじゃん、って迫ってくんなーっ!」
「違うさ。先程のは”君が私に”だったんだ。主体が変われば意味も変わる」
「ちょ、やめろよ。大佐!ほんとにやだってば…!!」
「…なんでそこまで嫌がるんだ?いい加減、傷つくだろう。私が!」
逃げをうつエドワードの身体に背後から圧し掛かり、顎を掴んで強引に振り向かせる。
痛みに呻いた声を無視して、そのまま片手でエドワードの脇を引き寄せ、暴れて跳ねる下肢は、足を挟んで固定した。
強引な寝技を使い、秒速で少年をねじ伏せた男は、ハアハアと鼻息も荒く、傍から見ればどこからみても強姦魔にしか見えない。
「覚悟を決めて、大人しく観念するんだな」
どこの悪代官かと思わせるような台詞を吐いて、すっかり悪役の顔になっている。
地味にキレていたはずの大佐は、実は派手にキレていた。
「…鋼の?」
無理矢理組み敷いた少年の身体が小刻みに震えている。
悪役になりきっていた男は、ここにきてようやく少年の異変に気がついた。
「おい、どうした?」
顔を覗き込むようにしてそう問えば、まるで声に怯えたように、少年は身体をビクリと一際大きく震わせた。
「なに…。怖いのか…?」
「――怖えよ」
なにが怖いというのだろう。乱暴にしたからか。キスをするのが怖いのか。それとも私が怖いのか…?
常ならぬ様子の少年に、毒気が抜かれた。
「…悪かった。些か悪ふざけが過ぎたようだ」
たかがキス。たかがゲーム。こんな戯言ひとつで、こんなに怯えられるとは思ってもいなかった。
「たかが…って、いうけどな…!」
「え?」
少年の上から身体を退けようとしたその時に、思いもかけぬ強さで腕を掴まれた。
「たかがっていうけどな。それでもやっぱり、俺は怖えぇよ」
「ああ」
「アンタとうっかりキスなんかしちゃったら、アンタだけが俺の特別になりそうで、俺はそれが怖えぇよ」
絶句した。

男は組み敷いていたままだった少年の身体を慎重に抱き上げ、身を起こさせた。
「鋼の」
「ん?」
そして少年を怯えさせないよう、ゆっくり優しく抱き締めた。
たかがキス。ただのゲームのはずだった。
「たかがキス、だが…」
「…うん」
「なんだかそれも、切ないな」
そう言って、少年の髪にひとつキスを落とした。








今では人目も憚らずちゅっちゅしてんだぜ?この二人。

モドル