『ペット禁止』のアパートの一室、ネコを一匹飼っていた。
道端に捨てられていたネコを、居候だったロイが家に連れてきたのだ。

「雨に濡れて凍えていたんだ。震えが治まるまでのほんの僅かな時間でいいから。
そしたらちゃんと飼ってくれる人を探してくるから、だからそれまで少しの間。…ここに置いてもいいだろうか?」
自らもずぶ濡れになりながら、懐に大事そうにネコを抱え、 畳み込むようにそう一息で告げたロイが、そっと伺うように俺を見た。
「…アンタ、傘をどうしたの?」
「ああ、ちゃんと持って帰ってきたよ」
「だったら、なんでそんなに濡れてるの」
返答に困ったのだろうか、黙り込んで項垂れた。
答えを聞かなくてもわかっていた。
道端に捨てられたそのネコ見つけて、それでずっと迷っていたんだろう。
雨に濡れて可哀想だと、傘を差しかけてやったりして。
それでも不安で来た道戻って、ずっとネコを見ていたのだろう。
傘もささずにどしゃぶりの雨に打たれながら。
そんな一連の動作が、容易く想像できてしまうから。
「…今だけだからな?飼えないんだからな?」
仕方がないとしぶしぶ首を縦に振れば、ああ、よかった。とそう言って、よかったな、お前。とそう言って、ロイは嬉しげにネコに笑いかけた。
それから俺たちは、狭いアパートの一室で、三人きりで暮らし始めた。
あれは雨が降り止まなかったいつかの木曜、優しい夜の出来事だった。

***

日差しが射しこむ窓際で、真剣な面持ちをしたロイがパチリパチリと俺の爪を切っている。
「危ないんだから、いきなり足を動かすな」
「だって、くすぐったいんだもんよ」
文句を言ったら、ぺしりと足の甲を叩かれた。
『雨宿りは、もう止めだ』
あの時、そう言って微笑んだロイは、今も変わらずこうして俺の側にいる。
ただ一つ違うのは、居候だったロイが、今ではここの世帯主になったことくらいだろうか。
俺に黙って姿を消した一週間。
その間に、全ての始末をつけてきたのだと、そう言った。
二人で一緒に暮らすために。
俺の側に居続けるために。

ロイは弁護士なんだそうだ。あの時、ロイが教えてくれた。
「企業弁護士って、わかるかい?」
「…なんとなく?」
「そうか。まあ、そういう仕事をしていたのだけれどね…」
正義を貫くためにと弁護士になったはいいが、理想と現実とが大きく食い違ってくることに焦燥感を覚え始めていたんだ。
「あの日――」
「うん?」
「君と、初めて会った日」
「うん」
「なにもかもが、いやになってね。…逃げ出したんだ」
そして、この町に辿りつき、君と巡り会った。
ロイは苦く笑いながら、そう俺に告白した。
「エド。改めてお願いするよ」
「なにを?」
「私と一緒に暮らしてほしい」
「――うん。うん、いいよ」

そうして俺たちは、再び一緒に暮らし始めた。
新しく友人と事務所を構えたロイは、毎日忙しく飛び回っているので、以前に比べて一緒にいる時間は減ったけれど、俺は今とても幸せだ。
ロイがずっと側にいる。
側にいると約束した。

ロイを拾った木曜日。
にぼしを拾った木曜日。
ずっとずっと側にいる。
そう二人で約束したのは、柔らかい風が木々を揺らした、木曜日の昼下がり。
幸せをつれてやってくる、木曜日はいつだって俺に優しい。


***

日差しが射しこむ窓際で、真剣な面持ちをしたロイがパチリパチリと俺の爪を切っている。
その窓辺から見える大家さんの庭の片隅に、こんもり盛られた土山がある。
小さく盛られた土山の下、沢山の花に囲まれて、今は静かな眠りについている、ネコの名前を【にぼし】といった。
雨が降った木曜の夜、俺たちの元へ幸せを連れてやってきた。
ニャアとは鳴かずにニーと鳴く、耳の部分の黒が際立つ、白い小さなネコだった。










モドル