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仕事を終えて、いつもどおりに玄関の扉を開けた。 「ただいまー…」 返事がない。 いつもだったら「おかえり」と玄関先まで出迎えてくるはずの男の姿が見当たらない。 「…ロイ?」 部屋の明かりが消えていて、人の気配も消えている。 「また、出かけたのか」 最近ではよくあることだ。 俺が眠る時間まで帰らずに、そのくせ俺が起きたときには隣でちゃっかり寝息をたてていたりする。 どこに行っているかとか、何をしているのかだとか。 俺は一度も聞いたことなどなかったし、ロイが話すこともなかった。 冷蔵庫の中を覗き込む。 作り置いたおかずは、そのままの形でラップに包まれ残されていた。 台所の床を見る。 にぼしの器は、朝と同様減っている様子がない。 「二人とも…。飯も食わずになにやってんの?」 腹が減って、行き倒れていたりはしないだろうか。 それとも何処か別の場所で、他の誰かと飯を食ったりしてるのだろうか。 今頃、にぼしは他の誰かの膝で、甘えてニーと鳴いているのかも知れない。 今頃、ロイは他の誰かを抱いて、優しく微笑み甘い声で愛を囁いているのかも知れない。 ――イライラする。 あいつらが何処かで飯を食おうとも、俺はここしか食う場所がない。 茶碗を手にして、炊飯ジャーの蓋を開けた。 固めに炊いたはずの白飯が、どういうわけだか水気たっぷり粥状態になっている。 「水の分量、間違えたちゃったよ、あはははは」 乾いた笑い声をあげたところで、同意してくれるヤツなど一人もいない。 ずっと一人で生きてきた。 一人でいるのに慣れていた。 たかが半年。それだけの短い間で、俺は一人でいる寂しさをすっかり忘れてしまっていた。 ――イライラ、する。 「なにやってんだよ!二人とも…っ!!」 手にした茶碗を、床に叩きつけた。 粉々に割れた茶碗は、ロイが買ってきた夫婦茶碗の片割れだった。 怒鳴るつもりなんてなかったのに、気がついたら一人で怒鳴り散らしていた。 泣くつもりなんてなかったのに、気がついたら一人で泣き喚いていた。 何もかもが思うとおりにならなくて。 どうしてにぼしは帰らないんだろう。 優しくしてくれるほかの誰かをみつけたのかな。 どうしてロイは俺に何も言わないんだろう。 そういやいつから、俺に黙って家を空けるようになったんだっけ。 いつだって思うようには上手くいかない。 拾ったネコが家に居ついた。飼い主だと思っていたのは、俺の勝手な思い込みだったのだろうか。 拾った男が家に居ついた。一緒に暮らしていつしか互いに抱き合って、恋人だと思っていたのは、俺の勝手な独り善がりだったのだろうか。 床に散らばった茶碗の欠片を拾い集めた。 割れた茶碗は、決して元には戻らない。 俺はいつでもそうなんだ。 独り善がりに、一人相撲をとっている。 そして気づけばいつだって、一人ぼっちで取り残されている。 * あれから一週間がたった。 にぼしが家に戻らない。 そして、ロイも家に戻らない。 二人とも出て行ったきり、どこで何をしているんだろう。 一週間以上も音沙汰がないなんて、今まで一度だってそんなことはなかったというのに。 仕方がないので、俺は一人で家にいる。 風呂を磨いたり、布団を干したり、梅干漬けたり、にぼしの餌入れを洗ったりして、 俺にできることはといえば、ここでこうして二人が戻ってくるのを待つことくらいだ。 ぼーっとテレビを見ていたら、ピンポーンと安っぽいチャイムの音がして、俺は慌てて玄関に走った。 「ロイ…!」 「エド君?ごめんなさいね、突然お邪魔しちゃって」 「あ…、こんにちは」 ドアの前に立っていたのは、隣の母屋に住む大家さんだった。 「あのね…。実はね」 しばらく言いにくそうに下を向いていた大家さんは、意を決するように顔を上げると、 家の床下にネコがいるみたいなの、と話を始めた。 「多分、エド君のところのにぼしちゃんだと思うのだけど」 「にぼし、大家さんのところにいるんですか?すいません、ご迷惑おかけしちゃって!」 「いいのよ、それはいいんだけど…」 ここの大家さんは、ペット禁止と謳われたアパートをもっていながら、住人がネコを飼っていることに見てみぬフリをしてくれている、とてもいい人たちなのだ。 その人たちに、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。 「今すぐに連れ戻しに行きますから」 「あのね、そのことなんだけど…」 にぼしちゃん、じっとしたまま動かないのよ。 好物の煮干を見せても反応しないし、呼びかけても返事をしないの。 「まさか、とは思うけど…」 大家さんはそう言ったきり、黙り込んでしまった。 |