愛の刻印



大佐が女と腕を組んで歩いていた。
前に一度だけ連れていってもらったことがある、星がたくさんついたレストランで、知らない酒を頼んで、知らない女と、知らないメシを食っている。
やたらゴージャスなデザートを食べ終えた頃、大佐は胸元から青い小箱を取り出して、勿体ぶった仕草で女に小箱を手渡した。
中には、キラリと光る指輪がちまりと入っていた。
女は頬をぱっと赤らめて、恥ずかしそうに俯くと、小声で囁く大佐の言葉に、小さく僅かに頷いた。
大佐は女の白い指先に、そっと静かにキスを落とすと、その薬指に指輪を通した。
俺の知らない大人の男の顔をして。


「――ぶっ殺す!!!」
鼻息荒く全力疾走、エドは走った。
怒りで髪を逆立てながら、まるで赤鬼の如く顔を紅潮させながら、エドは大佐に向って一直線に爆走していた。
エドに弾き飛ばされた客達が、ぎゃーとかわーとか悲鳴をあげているが、そんなどうでもいい障害物に構っている余裕はない。
「てめえ、なにしてんだ!ロイ・マスタング―――ッ!!!」
「…はい!?」
フルネームで名前を呼ばれながらも律儀に返事を返して寄越す、大佐の声が裏返っている。
「ち、ちくしょ…!んだよ、それ!その指輪ーッ!」
「な、指…?は?」
「うう、浮気ッ!堂々と浮気ッ!しかもこの場合、俺が浮気相手ッ…!?」
「は?なに?なんだ、どうした!?」
「…なんでだコラー!どしてだコラー!おおおおお、俺ッ…!」
「ちょ、待て。鋼の…ッ!死ぬ、死ぬ、手を離せ…」
エドに首をぎゅうぎゅう絞められながら、すでに虫の息の大佐の声が次第にか細くなっていく。
「…俺の、なのにッ!チクショウ、このハゲ。死ねッ!」
「ハゲてない…!あ、死ぬ…。そろそろ本当に死ぬ・・・」
「死ねえええッ!」
「――理由もわからず殺されてたまるか…!」
身体ごと投げ出され、ドスリとした衝撃を背中に感じて、エドは目を覚ました。
「…あ、あれ?」
「ガッ…!ゲホッ!」
「おや…?」
「おや、じゃない!ききき、君は私を殺す気か…ッ!」
目の前にベッドの上で、半裸で咳き込む大佐の姿が見える。
そういえば昨日の夜は大佐の家に泊まって、ドロドロになるまでセックスしたんだったっけ。とのんびり思い出した。
「あ、夢だった」
「寝ぼけるのも大概にしろ…」
涙目でエドを横目に見ながら、大佐は青褪めた顔で息を整えている。


「あー…。変な夢見ちゃった」
「夢?」
「うん」
「どんな夢だったんだ、一体」
赤く腫れあがった首筋を撫でながら、大佐がエドを見つめている。
「…別に、たいしたことない」
「たいしたことない夢で、私は君に殺されかけたと」
「うん。ちょっと間違えちゃった」
「…コラ」
昨日の夜は、ドロドロのぐちょぐちょになるまで愛し合って。
どこからが俺の身体で、どこからが大佐の身体がわからなくなるまで愛し合って。
身体中のどこもかしこも狂おしいほどの熱を持ち、触れ合う肌が繋がる部分が、溶け合って一つになって、二度と離れることなどないと思うほど。
なのに、どうしてあんな夢を見たのだろう。
「いやあ…。人の心って不思議だよね」
「ん?」
「ううん。あのさ…」
「なんだ?」
「…指輪」
「え?」
エドは徐に大佐の左手を掴み、薬指をそっと握った。
「いつもはしてんだろ?どんな指輪?」
「――なんの変哲もない、ただの指輪だ」
「ただの指輪って、どんなの?」
「鋼の」
「金?プラチナ?アンタのことだから、ダイヤとかはめ込まれてそうだよな」
「鋼の。そんなことを今更聞いてどうするつもりだ」
「今更?…そうか。今更だよな。アンタが結婚したのって、5年も前の話だもんな」
俺のものだと思っていたこの男が、俺だけのものじゃなくなった、5年前。
大佐は俺の知らない女と、俺の目の前で結婚式を挙げたんだった。
幸せそうな花嫁と、幸せそうに誓いのキスを。
――今更だ。
なのになんで今更、あんな夢。
「…そんな泣きそうな顔をしてくれるなよ」
「誰が泣くか。それこそ、今更じゃねえか…」
大佐の左の薬指。エドは握った指先に静かに力を込めた。
一度もみたことがない、普段ははめられているのだろう、その指輪。
俺の知らない愛の刻印。
エドは掴んだままだった男の指を唇で食み、血が滲むほど強く歯を立てて、消えない痕を男の薬指に残した。
「…エドワード」
大佐はエドの唇に滲んだ血を舌先で舐め取りながら、そのまま強く唇を合わせ、エドの身体を掻き抱き、同じくエドの指の付け根に歯を立てて、消えない痕を刻み込む。
二人の指に刻み込まれた、消せない傷痕。
それは誰にも知られることなく誓いを立てた、二人の愛の刻印だった。





ロイエド(繰り返す)


モドル