「なあ、大佐?」
「ああ?」
ズカズカと車に近寄り、青年を無理矢理に助手席へと収めた男は、不機嫌そうな様子で、火のついていない煙草のフィルターをイライラと噛んでいる。
「何、そんなに怒ってんの?」
「…別に怒ってなどいない」
男は青年に視線も合わさずそう言うと、慣れた手つきで車のオートキーを操り、行き先を自宅へと設定した。
「店は?」
「戻らん」
「…司令部へは?」
「行かん」
簡潔な応えを寄越す男には、取り付く島もない。
エドワードは男に聞こえないほどに小さな溜息を吐くと、静かに走り出した車の窓から流れ出す景色に目を向けた。

長く連なる列車が、四角い車窓の形に切り取られた光を零しながら、道なき道を走り出していく。
それは見る見るうちに加速して、いつしか空の彼方へと吸い込まれていった。
遠くを走るチューブ型の車道の中が閃光に包まれたと思ったら、幾台もの車が衝突を繰り返している。
自動制御装置がイカれたのか、故意に起こされた作為的な事故なのか。
いずれにしても己の管轄外で起きた事件であれば、隣に座る男は眉一つ動かさず、このまま自宅へと車を走らせ続けるに違いない。
エドワードは何気なしに隣の座席へと視線を巡らせ、短く呼吸を繰り返し洩らしている男の僅かな異変に気がついた。

「…大佐」
「ん?」
「どうした?具合悪い?」
「…まさか」
「だって、妙に息が荒い…」
そう言いながら、間近で男の顔を覗き込んだエドワードは、うっ、と短く息を詰まらせた。
薄っすらと朱を刷いたように頬が上気し、煙草のフィルターを噛み続ける唇が小さく戦慄いている。
思わず見つめてしまった男の瞳は潤んで、なんとも言えない熱の篭った視線で射竦めるよう見つめ返された。
――欲情してやがる。
舌打ちしたい気持ちを堪えて、エドワードは文字通り逃げ腰になりながら、助手席に戻るべく身体を引こうとする。
「そんな、あからさまに逃げなくてもいいだろう」
「逃げるぜ、普通。アンタ、目がやばすぎ。…つか、手を離せ」
中腰になったままのエドワードの腕をがっしりと掴んだまま男は、その言葉に従い、思いのほか素直に拘束していた腕を解いた。
「…ちょっどいい頃合だと思ったんだ」
「催淫剤、飲んだのか」
「ああ」
道理でな、とエドワードは合点がいったといわんばかりに、心の中で頷いた。
自分でいうのもなんだが、約束の時間に遅れていくことなど、今に始まったことではない。
ましてや、隣でケダモノ視線を送って寄越すこの男が、先程のようにそれについてとやかく言ったことなど一度もない。
催淫剤の効力が発揮されるまでには、人によっても多少の差異はあるが、服用後、2〜3時間を要する。
そしてその効力が維持される時間は、平均して1〜2時間に限られている。
待ち合わせの時間、その後に費やす時間を計算して薬を飲んだのなら、男が焦って怒鳴り散らしたのも無理はない。
「なあ」
「ん?」
「それ、抜いてやろうか?」
「…いや、いい」
一瞬の逡巡の後、男はやけにきっぱりとした口調でエドワードの申し出を断った。