引き摺られるようにしながら、廊下を歩いた。
「…た、大佐…!」
いつもとは違う荒荒しい足取りで前を歩く男は、俺の呼びかけに振り向くことさえしなかった。
迷路のような廊下を散々引き摺りまわされて、知らない一室に無理矢理投げ込まれる。
「…痛っ」
放り込まれる形でバランスを崩し、倒れ掛かった俺の方には見向きもしない。
扉の前に立ちふさがった男の顔は、暗い室内からは逆光となり表情が上手く読み取れなかった。
カチリ、と音がして、後ろ手で扉の鍵を掛けられたのを知る。
いきなり部屋の明かりを灯されて、その眩しさに目が眩んだ。
「たい…」
「…それで?その首筋の疵について、説明してもらおうか…?」
「あ…」
「どこで、誰と、どのようにしてできた疵なのか。わかるように説明したまえ」
一言一言を区切るように話す男の口調から、静かな、それでいて噴出すような怒りが伝わる。
「う…」
舌が縺れて、言葉にならない。
「噛み痕に鬱血の痕…?吸血鬼とでも戦ってきたのか、君は?」
「違…」
「こんな疵を残すほど、どこで誰と、なにをしてきた?」
傷痕が残る場所を、大佐が指先でなぞっている。
「歯型の痕をつけるような、一体なにをしたんだ、お前は…!」
「大佐…ッ…!」
傷痕をなぞる大佐の指先に力が篭り、強く何度も擦られる。
「こんな…、くだらない、痕を…っ!」
「痛…っ…!」
強く強く、何度も何度も。指で傷痕を擦り上げ、その痕を消してしまおうとするように。
攣れたような痛みを覚え、一度は塞がった傷痕から再び血が滲み出したのを知る。
――こうなることを望んでいたはずなのに。
なんでもいいから、痕跡を。
それをこの男に見せつけて、反応を見ようと、そう思って。
もしも怒るようなら、きっと本気。
もしも呆れるようなら、多分いつもと同じただの気まぐれ。
俺をからかって、遊んでいるだけの、はずだから…。
だから、試してみようって。
ただ、そう思って。
「…言えないか?」
まさか、こんなに。こんな風に…。
「ごめんなさ…」
青褪めた顔で苦しげに、ましてや悲しい顔をされるだなんて、思ってもみなかった――。
俺が思わず謝ってしまったことを、どう受けとめたのかはわからない。
ただ、縋りつくように俺を抱き締めてきた大佐の腕が、小さく震えていた。
「――好きだよ、鋼の」
「大佐…」
「好きなんだ…。もう、ずっと」
「あ…」
「君に、伝わっていると思っていた。…君もそれを受け入れてくれているものだと、ばかり…」
「たい…」
「こんな風に知らされるとは思わなかった・・・。こんな形で知らしめるつもりなら、どうして最初から私を拒まなかった…!」
「ちがっ、俺…!」
きちんと言葉にして伝えなければ。
誤解されたまま、このまま終らせてしまうのだけは、どうしてもイヤだった。
「ただちょっと、大佐を試してみようとそう思って…!ごめん、俺」
「…試す?」
「ごめん…。俺。信じられなくて…。だって大佐が俺のこと好きって、そんなわけないってずっと…」
「鋼の」
「だから試してみようって思った。ほんのちょっとだけ、跡…とか残してみたら、それを大佐が見つけたら、大佐がどんな反応するだろう、って」
好きだと言って、キスをして。
それから先は、触れてこない。
だから、本気を疑った。…本気であるはずがないのだと。
「俺のことが本気で好きなら、だって欲しいと思わない?手に入れたいと思わない?…心も身体も。」
「鋼の…」
「でも、大佐は。決して触れてはこないから。キスはしたけど、それから先は。…だから、俺。からかわれてるんだと、思ってた。」
昨日の男は、俺のことが好きじゃなくても、触れてきた。
でも大佐は。俺のことを好きだというけど、触れてはこない。
俺のことを欲しくは、ない?俺のことを、欲しいとは思わない…?
「…待とうと、思っていた」
「え?」
「君が、私の気持ちに追いつくまで、いつまでも待つつもりで…」
「追いつく…?」
「ああ。…君に好きだと言った。愛してるとも。そしてキスをしただろう?」
こういう風に。
そう言って、大佐の唇が静かに降りてくる。いつもみたいな、優しいキス。
「我ながら、随分と卑怯な真似をしたものだと、いつもいつも思っていたよ」
「なんで…?」
「君は他に知らないだろう?私以外に君にこうして触れる男を。君は『男』を知らないだろう…?」