|
バスルームより、愛をこめて。
ある日、エドワードが家にやってくるなり、色んな絵柄のついた小袋を、目の前にどばっとぶちまけた。 「なんだ、このファンシーな小袋は」 「おフロの入浴剤だよ。色んな味のを持ってきた」 味じゃないだろ、匂いだろ。と訂正するのも面倒だったので、そのうちのいくつかを手に取り、適当に読み上げる。 「えー、なになに。桜、柚子、ヒノキ…、杏仁豆腐? まったりミルクに、ぷるぷるミント? なんだ、これ。お肌は水を弾いてますかグリーンアップル。って、余計なお世話だ」 「なんで、入浴剤相手にケンカ腰だよ」 エドワードは呆れた顔をしながら、ばら撒いた入浴剤をじっくりと吟味していた。 「どうしたんだ、いきなり」 「なにが?」 「君、いつもシャワーだけだろう」 「んー。今日はセンセーと一緒におフロに入ろうと思ってさ」 「…なに?」 「つーか、髪洗ってもらおうと思って」 人の手で洗ってもらうと、気持ちいいって言うじゃんよ。 明らかに他意はありません。といった無邪気な顔をしながら、そんなことを言う。 「髪だぜ、髪。髪を洗うんだから、髪以外は触っちゃダメなんだからな」 背中を人の胸に預けて、タオルを巻いた股の間に堂々と座り込んだエドワードのエラソウに喚く声が、お世辞にも広いとは言えない浴室に反響している。 「センセー、聞いてんの?ダメなんだからな」 「……わかったよ」 思わず小声になってしまった声までもが、微かに反響して聞こえた。 「よーし。じゃあ、ラックス出して」 「は?」 「ラックスだよ。シャンプーだってば。シャンプーしてから、コンディショナー。当たり前だろ、基本だろ」 「…ないよ?ラックス」 「え、ウソ」 「いや、本当に」 「じゃあ、パンテーンでもいいや」 「だから、ないって。パンテーンとか」 マジかよ、ウソだろ。つか、センセーはいつもなんで洗ってんの。 再び喚きだしたエドワードの声が、前にも増してぎゃーぎゃーと反響している。 「やかましい。銘柄指定するくらいなら、入浴剤じゃなくて、シャンプーこそ持ってくればよかっただろ」 「基本中の基本だと思ってたんだよ、まさかないなんて思わなかった」 「いつもシャワー使ってたんだから気づけよ、そのくらい、って。…ちょっと待ってろ」 「なに?あるの、ラックス」 「いや、ラックスだったかどうか…」 脱衣所の棚をがさごそ探って、埃の被った使いかけのシャンプーを取り出した。 「サラ、だそうだ。これならいいか?」 「サラ」 「ああ」 「それ、センセーの?」 「あ?」 昔、付き合っていた女が置いていったものだ。 勝手に置いていったのだし、もうだいぶ前のことになるから、今更使ったところで時効だろう。 「…いい」 「ん?これでいいのか?」 「ううん。いつもセンセーが使ってるのがいい」 「そうか?コンディショナーとかないぞ?」 「いい、いらない。だからそれ、捨ててよ」 どうせセンセーも使わねんだろ?だったら、捨てなよ。 ――これは。この反応は。 拗ねているのか。急に不機嫌な顔をして、もしや、嫉妬すらも感じているのか。 「エドワード」 「なに」 「ヤキモチか?」 「何言ってんだ、バカじゃねえのか。んなわけあるか、いいから早く洗えよ、バーカ」 バーカ、バーカ。 完全に拗ねている。あからさまなその態度に気をよくした私は、背を向けているエドワードに手を伸ばし、膝の上に抱き上げた。 「そう、拗ねるな。昔のことだぞ?」 「拗ねてねえ。つか、髪以外は触んなって言っただろ」 調子こいて、なに勝手に触りまくってんだ。 とげとげしい声でそう言いながら、膝の上で暴れだす。 「…エド、君ね」 「なんだよ」 「そんな風に拗ねてみせて、可愛らしく嫉妬までしてみせといてだな」 「嫉妬もしてねえ」 「一緒に風呂に入ろうだなんて、思わせぶりなことまで言っておきながら」 「髪を洗えって言ったんだろ」 「なんで、ヤらせてくれないんだ」 「…ぎゃー、変態。タスケテ、ここに変態がいる」 「うるさい、犯すぞ」 本格的にジタバタと暴れだしたエドワードの身体力づくで抑え込み、白く誘う首筋に軽く歯を立てた。 ヒッ、と短い悲鳴を上げたエドワードは、途端に身体を竦ませ、暴れる姿勢のままに硬直した。石のように動かないエドワードを不安に感じて、恐る恐る声を掛けてみる。 「エド…?」 「おかすとかいうなよ、おどろくから」 過度の緊張によるものか、平たく抑揚のない声で言われてしまえば、たとえ、おふざけ程度の行為にしたって、この先進めるはずもない。 「いいから手を離せよ。そんでもって、膝から下ろせ」 「それすらダメなのか」 「だって、センセー…」 「なんだ」 「だってだってさっきから、遮るものがタオル一枚で、薄いし、たよんねえし、アンタのずっと半勃ちしてるし、なんかもう」 中途半端にケツに当たって、なんかもう。 平坦を通り越し、すでに虚ろになり始めたエドワードの声色に、抱えていた膝上から慌てて下ろして、そのまま浴槽に浸からせた。 「おい、これどうなんだ…?」 「なにが?」 すっかり落ち着きを取り戻したエドワードが、オレンジの香りにつつまれたお湯をぱしゃぱしゃ掻き混ぜながら、暢気そうに声を出す。 「なんで同じ湯船に浸かりながら、背中合わせでいるわけだ」 「アンタがいきなり欲情するからだろ、この淫行教師」 「誰が淫行教師だ」 「アンタだ、アンタ。半勃ち教師」 「・・・」 理不尽かつ、随分な言われようだと思う。 欲情のひとつやふたつ、普通はするだろ。お互い素っ裸で、タオル一枚を腰に巻きつけただけのオイシイ状況で。しないほうがどうかしている。しないようなら、自分を疑う。 大体、同じ男ならわかるだろう。いや、わかってくれないか、頼むから。 「エド…」 「こっち向くな!振り向くのも禁止って言ったろ」 「っはあー」 「これみよがしな溜息もつくな」 狭い浴室の中、気がつけばあっちもこっちも禁止事項だらけだ。 そもそも、ナイター中継を見ていた私に、一緒におフロに入ろう。とか何とか可愛らしい誘いをかけてきたのはそっちだろう。 そういえば、試合の結果はどうなった。六回の表、一発が出れば逆転の二死満塁、緊迫したゲーム展開で、二岡がバッターボックスに立っていた。あの結果はどうなった。いや、問題はそこじゃない。そんなことは、どうでもいい。問題は、どうして私がこんな生殺し状態のまま、湯に浸かって悶々としなければいけないのかだ。 背中越しに、エドワードの息遣いが伝わってきて、濡れて湿った感触に、体温がじわりと上がるのを感じた。 エドワードが何か言っている。 背中を伝って波のような振動を感じ、触れ合う素肌を実感するたび、体温が上がっていく。 「なあ。俺の話、ちゃんと聞いてんのか?わいせつ教師」 「あ?なんだって?」 「やっぱ、聞いてねえし」 「悪い、もう一回言ってくれないか」 「もうすぐ、夏休みだねー、って」 「ああ」 「どっか行きたいねー、ってさ」 「そうだな。たまには車で遠出してみるか?」 「うん。やった!」 エドワードが弾んだ声で、お湯をぱしゃりと叩く。 「夏休みといえば、この間のテストどうだった?結果次第では、補習続きで休みなんかないんだぞ」 「うん、ぜんぜん」 「全然?なに、全然?教えろっていうから徹夜で付き合ってやったのに、全然だ? それじゃ、出掛けるどころじゃないだろ」 「だーいじょうぶ。だいじょうぶ」 「なにが大丈夫なんだ」 「大丈夫なんだって。…先生、俺の噂しらねえの?」 「噂って…」 「振り向くなって言ったろ。大丈夫だよ。俺、すげえ裏技もってるから」 どこがいいかなー。涼しいとこがいいかなー。 歌うように言いながら、幾度もお湯をぱしゃぱしゃ叩いた。 オレンジの香りに満たされた浴室に、相変わらず楽しげなエドワードの声が響き渡っている。 キスをすれば、耳まで顔を真っ赤に染め、抱き締めてみれば、身体を竦めて硬直させる。 一晩十五万で身体を売って、教師に果ては、校長までをも誑かす。 どれが本当で、どれが嘘だ。 「なあ、センセー。そういや、髪は?」 「ああ、後で洗ってあげるよ…」 ただひとつわかっているのは、背中合わせでいるこの子供の、性質が思いのほか悪いらしいということだけだった。 そしてその子供にどうやら、自分がすっかり参ってしまっているらしいという、愕然たる事実に陶然とする。 |