3m50cmのブーム




先日、執務室に姿見が運び込まれた。
誰が頼んだのだか知らないが、とりあえずあって困るわけでなし、そのまま部屋の隅に置いてある。
その姿見は、恐らくは新品であるのだろう、所謂保護シートに包まれて運び込まれてきたわけだが。
それは、私達に小さな興奮をもたらした。
それ以降我々はその偶然がもたらした、静かなブームに支配されることになる。

「…大佐、俺…ッ」
「どうした、ハボック」
「もう駄目っす。マジ駄目ですって」
「は。根性が足らないな。…まあ、いい。しばらく休め」
「あ、ありがとうございます…」

俺が大佐の執務室を訪れた時、室内は異様な空気に包まれていた。
静かながらも、押し迫ってくるような熱気の渦。
一体、何事があったのかと、俺は身体を強張らせた。

「あの、大佐…」
「まさか、とは思うが。君もなのかね?中尉」
「申し訳ありません。…ですが、これ以上は」
「まあ、仕方がないさ。君もしばらく休んでくれたまえ」
「はっ、すぐに復帰いたします!」
「ああ、期待している」

ハボック少尉の次には、ホークアイ中尉までもか。
残るは大佐のみだな…。

「ところで、鋼の」
「…なに?」
「君は、いつまでそのまま静観しているつもりなんだね?」
「あー、ねー…」
「君には私の力になろうとか、そういう気持ちはないわけか?」
「…いや。別になくもない」
「ならば…」
「ただし。場合によりけりですがね、大佐」
「今は力になるつもりはないと、そういうことか…?」
「うん、そういうこと。・・・っていうかな。アンタら、さっきから何してんの?」
「見ればわかるだろう。潰してるんだ…ッ!」

プチプチプチプチプチプチプチプチ・・・・・・・。
エンドレスで繰り返されるその音だけが、執務室に静かに響き渡っている。

「まあね。保護シートのプチプチ潰してんだろ?見ればわかる」
「ならば聞くな。時間のムダだ」
「…じゃなくてさ。俺が聞きたいのは、なんでそんな必死になって潰してんだってことだよ。それにどっちかというと、それ自体が時間のムダじゃねえのかよ」
「…姿見が、運ばれてきた」
「うん」
「保護シートが巻かれてたので、外してみた」
「ああ、うん」
「そしたらなんと、だ。驚け、鋼の」
「…ああ?」
「3メートル50もあったんだ」
「へえ」
「…え?それだけ?」
「は?」

プチプチプチプチプチプチプ…チ。
音が止む。辺りが静けさに包まれる。

「それだけか?鋼の」
「え?え?なにが?」
「…潰したくならないか?3メートル50だぞ?」
「いや…」
「3メートル50センチも、延々とプチプチがついてるのに?」
「俺は、別に…?」
「嘘だろう?潰したくなるはずだ、人の子ならば!」
「そんなムキにならなくても…」
「統計がある。このプチプチを目にした時、およそ8割の人間は潰したくなるそうだ」
「ああ、そう」
「…潰したくなってきたか?」
「ううん。全然」
「8割だぞ?」
「じゃ、俺、残りの2割だな」
「・・・」

プチプチプチプチプチプチプチプチ・・・・・・・。
再び大佐がプチプチと潰す音が室内に響き出す。

「あのさ、大佐」
「…なに」
「もしかして、やめどきを失ってる?」
「…ちょっとだけ」
「あー、やっぱり?っていうか、それ終らせないといけない気になってる?」
「…なってる」
「あっそ。…わーったよ」
「鋼の?」
「手伝ってやる。だから、早く潰して飯食いに行こうぜ?」
「…おごるよ」
「当然」

それからたっぷり時間をかけて、3メートル50のプチプチは、全て我々の手によって潰された。
プチプチの消滅とともに、突然沸き起こった静かなブームは、同じく静かに去っていった。
あの後、指先が痛いと散々文句を言っていた少年と、食事をしに出かけていって、これまた地味な事件に巻き込まれてしまったのだが、これはまた別の機会に。