夜の太陽



セントラルについた日の夕方、なんだかいつもに増して街が賑やかだと思ったら、今夜はどうも花火大会があるらしい。
「花火大会?」
「ああ。この国では一番大きな花火大会だよ。凄いぞ?」
「…へえ」
花火大会ねぇ。ふーん…。
「一見の価値はあると思うよ。見に行って来たらいい」
「別に…」
花火大会なんて、興味ないし。
大きな花火見たからって、別に。
子供じゃないんだし。別に俺は、うん。
「…見に行っておいで。花火が終る頃には、私の方も終るだろうから」
なんとなくそわそわしていたら、大佐が笑ってそう言った。
「大佐は?仕事?」
「まあな…。この書類の山を放って帰ったら、明日あたり、私は中尉に撃ち殺されているだろうな」
「そ、そっか」
書類の山の向こう側で、大佐が苦く笑っている。
話しながらも手は休まることはなく、目は書類の文字を追っていた。
「家の鍵を渡しておくから、先に戻って…」
「あのさ、大佐」
「ん?」
「俺、ここにいてもいいかな?」
「…構わないが。花火はどうする?」
見たかったんじゃないのかと、そう言いながら顔を上げ、大佐が不思議そうにこちらを見ている。
「ここから、花火見えない?」
「…まあ、見ることはできるがな。建物に邪魔されて、半分くらいしか見えないぞ?」
「うん。それでいい」
「そうか?」
「うん」
大佐は腑に落ちないといった顔をしながら、再び書類に向き合った。

すっかり陽が落ちて、辺りが暗くなった頃、どーんどーんと大きな音が鳴り響き、その震動で小さく部屋が揺らされる。
「…はじまったな」
「そうみたい」
窓ガラスに貼りついて、外を見ていると、隣のビルに遮られ、半輪の花火が空に大きく描き出された。
窓の向こうの花火を見ながら、ガラスに映った大佐の背中を伺った。
大佐は花火に目もくれず、今はひたすらに書類にペンを走らせている。
「…鋼の」
「へ?」
不意をつかれて、思わず声が裏返る。
「屋上の方が、まだよく見えるかもしれないぞ」
「ここでいい。…って、俺もしかして、邪魔してる?」
「ん?いや、そういうわけではないんだが」
だって半分しかみえないだろう?折角だからと思ってね。
窓越しに、大佐が振り返るのが見えた。

別に花火が見たかったわけではなくて。
そりゃ、花火も見たいけど。
そうじゃなくって、二人で花火大会に行きたかったんだと、そう言ったら、大佐はどんな顔をするだろう。
花火大会には人が大勢集まって、でも皆、空ばっかり見上げているだろうから、そしたらきっと。
そんな中なら、大佐と二人。
外で手とか繋いでも、誰もきっと気がつかないって。
堂々と恋人同志みたいに振舞ったって、きっと誰にも気がつかれないって。
そんな風に思ったなんて、そのまま素直に伝えたら。

言えないままに、ぼんやり花火を眺めていたら、いつのまにだか大佐が隣に立っていて、徐に手を繋がれた。
「大佐?」
「やっぱり、半分しか見えないな。君の目線からだと、半分も見えてないんじゃないのか?」
「さりげなく人をバカにすんな!見えてるっつの!」
「そうだ、鋼の。肩車してあげようか?そうしたら、もうちょっとよく見えるかもしれないぞ?」
「…むかつくなあ、オイ!」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた大佐に、背中から身体を丸ごと抱えこまれた。
もしかしたら、大佐にはわかってしまったのかもしれない。
俺が言いたくて、言えなかったその言葉を。
大佐の腕の中、俺は恥ずかしくて嬉しくて、どうしようもない気持ちのまま、ただ闇雲に暴れていた。
多分、真っ赤に染まっているだろう俺の頬に、大佐が小さくキスをして、来年はきっと近くに見に行こう、と約束をくれた。
半輪のままで空に舞う花火を見つめながら、丸く大きく夜空に輝く、夜を照らす太陽のような、来年きっと見るはずのそれを、俺は心の中に描いていた。