予感



はじめて会ったときからずっと、なんて傲慢で自分勝手な男だろうと思っていた。
今にして思えば、俺にとって間近に見る大人の男というのは彼が初めてだったのかもしれない。
イヤな予感がした。それは俺に不安と怯えをもたらした。
酷薄そうな笑みを浮かべてエラソウに俺を見下す男。
穏やかな顔をして、優しげに微笑む男。
とても同一人物だとは思えないほどに、会う度男はそのカタチを変えていった。

「…イテ」
「どうした?」
「ん、口内炎。…染みた」
「口内炎?…どれ、見せてごらん」

思いのほか真剣な顔で口内を覗きこむ男の顔に、俺はなんだか居た堪れない気持ちになって視線をさまよわせた。
僅かに瞳を眇めた男を見て、意外に睫が長いんだなあとそんなことをぼんやり思った。

「あー、腫れてるね」
「む、いひゃいよ!」

言った先から、口の中に指をつっこむのはやめてくれ。
男の指は散々口内を荒らしまわると、ようやく出ていった。

「痛いだろ?」
「…痛ぇよ!だからさっきから痛いって言ってんじゃんか」
「ハッハッハ!そうやってすぐにムキになるところがまだまだ子供だな」
「…どっちが子供だよ」

俺のことを子供扱いしては、どちらが子供だかわからないほど無邪気な顔をして全開で笑う男。

「あ、そうだ。いいものがあるよ、鋼の」
「…いいもの?」
「そう。…ってなんだ、その疑いの眼差しは」
「なんかとっても怪しい予感がする…」
「失敬だな。まあ、いい。ちょっと待ってなさい。今持ってくるから」

そう言うと、徐に男が立ちあがった。
いそいそと嬉しげな顔をして。

「…なに、これ?」
「口内炎に効く薬」
「なんか、甘い香りがする…」
「そうだろな。お湯にはちみつを溶かしたんだよ」
「はちみつ?」
「そう。熱いからな?ゆっくり飲んでいくといい」

はちみつは口内炎に有効なんだよ。
そう言った男の視線は、どこまでも優しかった。

初めて会った時に感じた、あの予感。
俺に不安と怯えをもたらしたあの予感の正体を、俺は多分知っている。
唯一の存在になんてきっと簡単になってしまうだろう、この男に。
あのとき感じたのは、不安と怯え。そしてほんの僅かな、期待。
多分それは、恋の予感だったに違いない。