夏の終わりに。



夏も終りに近づいたある日のこと。
大佐が旅行に行こうと言い出した。
聞けば休暇を5日とることができたらしい。
俺がセントラルに戻った日の夜、突然チケットを渡された。
年中無休で旅をしている俺を相手に、旅行に行こうと言い出すなんて。
驚き半分、呆れ半分。
それでも俺は頷いた。
夏のあいだ俺達は、紛れもなく恋人同志であったから。

二人きりで列車に乗って、ごとごと揺られて着いたのは、海辺にある小さな漁村。
ホームに着いた瞬間に、強く潮の香りが満ちていた。
過疎化が進んだ小さな村の、海辺を見下ろす一軒家。
大佐が選んだ仮の宿。
これからここで俺達は、5日の間、夏の休暇を二人で過ごす。

一日目。
特にこれといった目的があるわけでもなく、俺達は買い物がてら辺りをを散策することにした。
流石に海の近くなだけに、市場には新鮮な魚が山ほど水揚げされていた。
もの珍しげに眺めていたら、地元の漁師がはぐれ魚をいくつか分けてくれた。
氷水の張ったバケツに一杯。
大佐と二人、夕飯の献立を考えながら、ゆっくり歩いた。

二日目。
昨日もらった魚がいくつか、それと配達してもらった野菜があるので、海辺に突き出たテラスに座って、二人でそれぞれ本を読んだり、ラジオを聞いたりしながら、のんびり過ごした。
夕暮れ近く大佐が小さく声をあげ、顔を上げれば、海に沈む真っ赤な夕陽。
熟れたトマトのようなそれを横目で見ながら、夕陽に染まった大佐の顔を、ぼんやり見ていた。

三日目。
最初の日と同じように、買い物がてら散策をする。
野菜や肉や、その他の雑貨の配達を頼んで、家に戻った。
食材をしまって、ソファに座ろうとした瞬間、大佐に腕をつかまれた。
最初の夜の性急さこそないものの、身体の全て、あらゆる場所に丹念に舌を這わせ舐められる。
時折感じる、ちくりとした痛みの数だけ、赤く散らされた鬱血の跡。
首筋に、鎖骨、臍の周りに、内股あたり。
どれもこれも大佐がつけた、所有の証。
数え切れないほどキスをした。
意識が飛ぶほど愛された。
熱に浮かされ霞んだ視界で、暗く今は見えない海を、内に感じる大佐の熱を、ただひたすらに記憶に刻んだ。

四日目。
怠い身体を引き摺ったまま、ベッドから起き出すのさえもが億劫で、そのまま惰眠を貪れば、昼過ぎ一人で出かけたはずの、大佐がのそりと戻ってきた。
「…おかえり」
「ああ。起こしてしまったな」
「ううん。起きてた」
「そうか。支度が終るまでもうしばらく眠っていていいぞ」
「…支度?なんの?つーか、アンタ何担いできたの?」
「ん?モミの木。…まあ、イミテーションだけどな」
「は?モミの木?なんでまた急に?なんか、季節はずれっぽくね?」
「今日は『クリスマス』だからな」
「…はい?クリスマス?え、なに?今って夏ですよね?」
「そうだな。今日も暑い一日だった」
「いや、そういうこと言ってんじゃねえんだけど」
「…そうだ、覚えておくといい。モテル男の条件その1。イベント事は外さない」
「いやいや。そういうことを聞いてるわけでもねえんだけどさ…」
「オーナメントも仕入れてきた。飾り付け、一緒にやるか?」
「――…そう。いいねぇ。わあ、楽しそうー」
大佐が人の話を聞かないのは今に始まったことじゃない。
これには流石の俺も慣れざるをえない。
キラキラしたクリスマスのオーナメントをイミテーションのモミの木に飾り付けていく。
プラスティックで作られた星に、ブリキの月。
「・・・今日はね。夏のクリスマスなんだ」
「ん?」
「12月が冬のクリスマスなら、8月の今日は、夏のクリスマスと呼ばれているそうだよ」
「へえ…。そうなんだ?だから、ツリー?」
「ああ。君と過ごせる折角の機会だからね。こんなイベントも楽しいのではないかと思ってな」
「大佐…。オトメだな…」
「オトメとかいうな。それと、約束したろう?この休暇中は名前で呼ぶと」
「――まあね。それは、そうなんだけどさ…」
「大好き、ロイv愛してるv…さあ、言ってごらん?」
「…無茶言うな!」
名前で呼べと人に強要する割に、大佐は俺を名前で呼ばない。
この休暇の間中、俺はずっと『君』と呼ばれてた。
「照れ屋さんだねえ、君は…」
「だから、そういうこというなよ!それに、大佐だって俺のこと名前で呼んだりしてねえじゃん!」
「…そうだったか?」
「そうだよ!」
「それは気づかなかった。…さあ、できたな」
クリスマスツリーに月が浮かんで、星が瞬く。
「結構、いい感じに仕上がったよなあ?」
「ああ。後で陽が落ちたら、二人きりの点灯式だな」
「きっと綺麗だと思うよ、俺。…あッ!クリスマスなのに御馳走がない…ッ!」
「大丈夫だ。ちゃんと手配してある。私のやることに抜かりはない」
「へえー。そういうときは有能なんだな…」
「失礼な。私はいつだって有能かつ万能だ」
「ああ、そう」
「…エド」
「――へ?」
名前を呼ばれた。
はじめてだった。
「メリークリスマス、エドワード」
驚いて見上げれば、優しく微笑む大佐の顔があった。
「ええと…。メ、メリークリスマス。――ロイ…」
恥ずかしくて照れくさくて、うっかり涙が出そうになって、困った。

五日目。
今日で夏の休暇が終る。
二人きりで過ごした、最初で最後の夏。
夏の初め、俺は大佐に、大佐は俺に。それぞれ互いに恋をした。
夏が終れば、それまで通りの二人に戻ると心に誓って、期限付きの恋をした。
住む世界が違ってた。
目指す未来が違ってた。
決して交わることはない、どこまでも平行していく道だった。
だから、この夏の間だけ、抱える全てを心にしまって、ただひたすらに恋をしようと、二人で決めた。
夢を仕舞って、指を絡めた。
野望を隠して、身体を重ねた。
数え切れないほどのキスをして、意識が飛ぶほど愛し合った。
二人で過ごす最後の日。
恋をしていた最後の日。
夏の終りに恋を終える。
明日からは、また以前のままの二人に戻る。
二人で過ごしたこの夏を、すべてを仕舞って、夢を追う。
交わした互いのぬくもりを、名前を呼ばれたその声を、心に仕舞って、野望を果たす。

泣きたくなるほど誠実に、互いを想った夏が終る。
夏の休暇の最後の日。
頬を撫ぜる海風が、静かにそっと秋の気配を運びはじめていた。