ただひとりの男。



あの子にキスの仕方を教えたのは私だし、
首筋と頬に添える指先の仕草まで。

食いつくように好きだと言った。
二人きりの執務室で。
「大佐」
「ん?」
「俺さ・・・」
「なんだ?」
「俺、大佐のことが好きなんだけど」
「――は?」
それはあまりに唐突で、まるで世間話でもするように。
「好きなんだけど」
「――それは、勘違いだ」
「…は?」
「勘違いだ。君は好意の意味を取り違えているだけだ」
「な…んだと、コラァ。人が散々悩んだ挙句に出した答えを勘違いだとか勝手に決めつけてんじゃねえぞ!」
「用はそれだけか?」
「な…!」
「用がないなら、帰り給え」
「てんめ…!聞けよ、話を!」
「こう見えても忙しいん…」
「聞けよ、大佐!俺は…ッ!」
「・・・」
「俺は、アンタのことが好きです…!」
目に涙を浮かべながら、必死な顔で。
食いつくように好きだと言った。

今までだってこんな風に、好意を打ち明けられたことなど一度や二度ではなかったはずの。
ただそれだけのことだったのに。
他となにが違うのか、あの子が告げた必死の声が耳について離れない。
それが何を意味しているのか、その理由をきっとわかっていたのに、私は見ないフリをした。

子供の言うことなんて気まぐれで、本気にとれば泣きをみるのは大人の私だ。
告白するのもされるのも、恋愛なんて全てはゲームで本気じゃない。
あの子はそんなゲームに参加するには早過ぎる。
そうして自分を納得させた。
泣きをみたことなど、それまで一度もなかったはずの。
そんなことを思った時点で、既に自分が本気なのだと気づかずに。

あの子の本気を疑って。
自分の本気を見過ごした。

あの子はいつしか大人になって、
気づけば誰より強くて綺麗になっていた。

そして変わらず食いつくように、私に好きだと告げてくる。

あの子にキスの仕方を教えたのは私だし、
震える指で愛を囁く仕草まで。

私はただの一人の男だし。
あの子がいつまで本気でいるのか自信はないが。
それでも自分の本気だけは、諦めとともに認めよう。
あれだけ強くて綺麗なものに、惹かれぬほうが無理なのだ。

「鋼の」
「ん?」
「君が好きだよ」
「――へ?」
食いつくように必死な顔で。
これからは私が君に愛を告げよう。
ただの一人の男として。