Imitation flower
夜の街を歩いていたら、通りの向こうに見慣れた男の後姿を見かけた。
籠に沢山の花を詰めた、花売りの少女と言葉を交わしている。
薄っすら頬を染めた少女の様子から、また浮ついた言葉の一つや二つを、気軽に並び立てているのかもしれないと思った。
男が立ち去った後、俺が代わりに花を一輪、花売りの少女に求める。
ついでとばかりに、ありったけの笑顔を添えて。
花売りの少女は籠に詰めた花のように、真っ赤な顔で微笑んだ。
俺はそうして彼女から、真っ赤な花を一輪買った。
華やかな表通りを1歩抜けて、裏錆びた横道を入りこめば、夜の闇にも鮮やかな、女達が群れて立つ。
見なれた男の後姿を追いながら、俺は女達に視線を泳がす。
饐えた匂いと香水と、夜の気配を滲ませて、女達が寄って来る。
――あら、坊や。迷子なの?
――それとも、ねえ?お姉さん達と遊んでく?
ケラケラと、女達の笑い声に包まれる。
俺は一人の女の胸元にそっと指を滑らせて、胸の谷間に忍ばせた、マッチの代わりに、花を一輪挿し込んだ。
――お姉さんには葉っぱより、こっちの花が似合ってる。
女はしばらく呆けた顔で、花を俺とを見比べていた。
――ああ、ホラね?口紅の色と同じで、お姉さんにとても映えるよ。
ついでとばかりに、ありったけの笑顔を添えて。
途端に女は、その胸に挿し込んだ、花のように頬を赤らめた。
俺は花を手放して、マッチを1箱、手に入れた。
街灯の、明かりが不規則に点滅している。
切れかけた電球が、辺りをまだらに照らし出す。
俺は見慣れた男の後ろ姿を追いながら、石畳を弾んで歩いた。
肩まで垂らした金髪が、それは夜目にも鮮やかで。
胸元深く抉れるような、黒のタイトなワンピース。
女が男に声を掛け、応えるように男の足が止まった。
口元に笑みを刷く、女の様子を見て取れば、どうやら双方合意の元に、商談が成立したらしい。
俺は些か足を速め、二人の側に歩み寄る。
「…ねえ、お姉さん。今夜の相手は、その男で決まりなの?」
目の前には、弾かれたように振り向く男と、訝しげに眉を顰める女の顔。
「――鋼の?」
「そんな腑抜けた男より、俺の方がいくらかましだぜ…?」
呆然とした様子で立ち尽くす男を後目に、女は面白そうにゆっくりと、長い睫で瞬きを繰り返した。
「まあ、坊や。面白いこと言うじゃないの」
楽しげな様子でゆったりと、白い指で細い煙草を取り出した。
濡れたような唇に、誂えたような煙草を咥えて女が笑う。
俺は指先を一つ鳴らして、マッチの先に火を点し、女の前に差し出した。
「…はい、どうぞ」
女は満足げな顔をして、そっとその火に煙草の先を近づけた。
「――鋼の」
「ん?」
「一体、どういうつもりだ?」
「なにが?」
漸く我に返った男が、視線もきつく睨めつけている。
「何の真似かと聞いている」
「なんの真似って…」
俺は再び指先を鳴らして、マッチの火を吹き消した。
「――アンタの真似?」
ついでとばかり、ありったけの笑顔を添えて。