青い花



今朝は早くに目が覚めて、本当は貴方が眠りについている間に、この部屋を出て行くつもりでいたのだけれど。
カーテンを開けたら知らぬ間に雨が降っていて、そういえば昨日の夜、途切れがちに耳に届いたラジオの天気予報が、夜半過ぎから明け方まで雨が降り続くでしょうと言っていたのを思い出した。
ベッドの上で幸せそうに眠る貴方の横顔を見ながら、ほんの少しの荷物をトランクに詰めて、時折聞こえる貴方の寝息に、どうにも離れがたい思いを抱くのは、多分、雨が降っているから。
瞳を閉じてしまえば途端に幼くなる寝顔を、しばらくぼーっと眺めてから、その薄く開かれた唇に、接吻を一つ落とした。
「これでまた、しばらく会えなくなるけれど」
――今日はこのまま出て行くね。
またと言って微笑む貴方の声を、今はどうにも聞きたくなくて。
なるべく音を立てないように、静かに部屋を後にした。
建物から通りに面したほんの僅かな植え込みに、花が咲いているのに気がついたのは、今日がはじめてのことだった。
雨に濡れて、青い花が咲いている。
いつもは貴方と肩を並べて、他愛のない会話の一つさえも、俺にとってはとても大事で。
会えない時間を埋めるように、貴方の全てを忘れないように、いつも貴方といるときは、貴方のことだけに一生懸命だったから、こんなところに花が咲いていたなんて、今まで全然気づかなかった。
衝動的に訪れる感情の波。
それはいつも唐突に。
何もかもを捨ててしまって、貴方だけで埋め尽された自分のことを考える。
貴方だけのことを想い、貴方だけのために生きる。
それはとても恐ろしく、とても甘美な想像だった。
今にも部屋にとって返してしまいそうな誘惑と戦いながら、しばらくそのまま花を眺めていた。
差していたはずの傘はいつか手から滑り落ちて、雨がしっとりと身体を濡らしていくけれど。
ふと名前を呼ばれた気がして、声のした方を仰ぎ見れば、確かに閉めてきたはずの貴方の部屋のカーテンが僅かに開かれているのを見た。
無意識に貴方の姿を探してしまう、この瞳を閉じてしまって。
聞いてしまえばそのまま縋りついてしまいそうな貴方の声を、探し続ける耳を塞いでしまって。
今はただ、前だけを見て進み続ける自分のことだけ考える。
再び瞳を開けた時、目の前には青い花。
この花の色が変わるその前に、きっとここに戻るから。
そう呟いて、俺は一歩を踏み出した。