神。と呼んでもいいですか?



これはもう。
俺達の手に負える状況では最早、ない。

上層部に呼びつけられた大佐が部屋に戻ってきた時の、あの衝撃を表現する言葉を俺は知らない。
全身から立ち昇る、怒りのオーラ。
黒々ととぐろを巻いて、今にも嵐を呼び込みそうだ。
イライラと手にしたペンを弄び、挙句机に叩きつけた。
あれは机に穴が開いたな・・・。きっと誰もがそう思ったに違いない。
こんなに荒れた大佐を見るのは、実は結構はじめてのことかもしれない。
あまり感情を表に出さないうちの上司が、内心非常に激情家だということは、勿論知ってはいるけれど。
あのホークアイ中尉ですら、声をかけるタイミングをすっかり逸してしまっていた。
執務室にいる誰もが、息を潜めつつも全身で大佐の動向を見守っている。
そんな時、いきなりの大音量で電話が鳴った。

「…はい。…ああ、繋いでくれ」

なんつータイミングの悪さだ・・・。
これは絶対嫌がらせされること間違いなしだな。
誰なのかは知らないが、俺はお前に同情する・・・。

「もしもし…。ああ、そうだ。…ああ。え?…そうか。わかった。
…いや?そんなことはない」

しかし俺の予想を裏切るように、電話に出た大佐の態度が、徐々に柔らかなものへと変わっていく。
何かを一言発するたびに、周りに渦巻いていた負の感情がだんだんと霧散していくのがわかる。
――女神だ。救いの女神の降臨だ。
心の中で手を合わせて感謝した。
どこのどなたかわかりませんが、本当にありがとうございます。
助かりました。…俺達、燃やされずに済みました。
命拾いした途端、新たな興味が湧いてきた。
ところで、女神―電話の相手―さまって、一体どこの女だ?

「ああ、では、な。…あ、」

女相手にしては随分と素っ気無い。
…ヒューズ中佐?いや、だとしたらこの場合、火に油を注ぐことになりかねない。

「いや、いい。…気をつけて、な。・・・鋼の」

あ―…。
なるほど、納得。

電話が切れて、あんなに暗かった部屋の空気が、明るく見違えるように変わっていた。
先程までの緊張感がまるでウソのように、すっかりと落ちついていた。

『鋼の錬金術師』エドワード・エルリック。
今度会ったその時は、女神様、と一度くらいは呼んでみようか。
まあ、一瞬不思議そうな顔をして、次の瞬間きっと怒り出すのだろうけど。
次に会ったその時に。
多分きっと近いうちに会えるだろう、大佐の『女神』に会ったなら。