Rain
昼過ぎから急に雨が降り出した。
確か今日の降水確率は20%だったはず。
それが高いのか低いのか、それについてはよくわからない。
ただ一つわかっていることは、大佐が傘を持って出掛けなかったということだけ。
今日も一緒に朝食をとった。
その後、いつものように大佐が出勤。
玄関まで見送るのが俺の仕事。
「…では、いってくるよ。鋼の」
そう言って、いつものように出掛けた大佐は、確かに傘を持ってはいなかった。
「雨…」
ザアザアと真っ直ぐに降る雨が、窓ガラスを濡らしている。
今日は午後からアルの見舞いだ。
だいぶ元気を取り戻したアルは、それでもまだ当分は入院していなければいけないらしい。
アルの見舞いに行ったなら、ちょっと遠回りして、大佐のところに寄ってみようか。
大佐が帰る時間まで、雨が降っていたのなら。
そう思って、傘を二本用意した。
俺はあの人の飼い猫だから。…このくらいするのは、当たり前。
アルの見舞いをした帰り、俺は大佐のいる軍の門まで近寄った。
守衛がシッシッと追い払うから、ちょっと離れた場所に立っていた。
大佐が帰る時間まで、あとどれくらいあるだろう?
俺の為に作られた、赤い傘をさして待つ。
手には黒い大きな傘。
あまりに暇だったので、傘で門の飾りを突付いて遊んでいたら、
守衛に見つかり、今度はコラーと怒られた。
なので今は、もうちょっと離れた場所で、大人しく大佐を待っている。
足もとの水溜りが、随分と大きくなった。
降り続く雨は、まだ当分やみそうにない。
もうどれくらい待っただろう。
辺りがますます暗くなる。雨に濡れて身体が冷たくなっている。
雨が降っているから、幾ら暗くなったといって、
夜になったわけではないのだろう。
「…くしょん!…うー、寒い」
やっぱり傘を持ってきて正解だった。
この雨に濡れたなら、きっと大佐も風邪をひく。
「大佐。まだかな?」
辺りはすっかり暗くなり、軍の建物に点った明かりもまばらになった。
相変わらず冷えた身体は雨で濡れてはいるけれど、もう今では寒さは感じなかった。
きっと寒さに慣れたのだろう。段々と感覚がなくなってきた。
その時、キキーィと音がして、目の前に車が停まった。
「…ッ!何してるっ!」
「あ…。大佐」
車から出てきたのは、いつもみたいに優しい顔をした大佐ではなくて。
初めて、あの路地裏で出会った時の、怒ったみたいな困ったみたいな大佐の顔。
「こんなところで何してたんだ!?こんなに冷えて…!」
「待ってた」
「…え?」
「大佐、傘持っていかなかったから。迎えにきたんだ。…はい、傘」
「お前…」
大佐の顔を見ていたら、急に身体の力が抜けた。
そこから先は、あんまりよく覚えていない。
次に目を覚ましたら、心配そうに俺を覗き込む大佐が見えた。
「…気がついたか?鋼の」
「大佐・・・」
「寝ていなさい。…熱があるんだ」
「う・・・。頭痛い」
「今、クスリを飲ませるから」
「あ、大佐?」
「なんだ?」
「・・・おかえり、なさい」
「ああ・・・。ただいま」
そしてそのまま大佐の腕に閉じ込められた。
大佐の腕は冷たくて気持ちがいいけど、あまりにギュウギュウ抱き締めるので、息ができなくてもがいていたら、ようやく笑って離してくれた。
**
その後、大佐は車で通勤していることだとか、だから傘は特別必要ないことだとか、大佐を送り迎えしている運転手さんに教えてもらった。
そしてあの雨の夜、倒れた俺をおぶった大佐が、車に乗らずに家まで走って帰ったことも、その時一緒に教えてもらった。
あの時、抱き締められた腕が冷たく感じられたのは、俺に熱があったせいばかりではなく、大佐が雨に濡れて冷えていたせいだったのかも知れない。
今もまた雨が降っている。
しとしとと降る雨は、夜半すぎまで続くだろう。