甘い眩暈。



いつもは静かな室内に、賑やかしい声が響いている。
軍には不釣合いに明るく響く笑い声が、扉越しに漏れ聞こえていた。
退屈なだけの会議を終えて、執務室に戻ったロイは、その声の主に思い当たって、無意識に顔を綻ばせる。
――そうか。戻ったのか。
何ヶ月ぶりだろう。あの子の顔をみるのは。
先程までピリピリと張り詰めていた神経が、知らず解れていくのがわかる。
「…痛っ!」
「なに?どうしたの?兄さん。」
「首になんか当たった。・・・なに?」
「あー、髪が解けてる。ゴムが切れちゃったんだね」
「なんだ、そっか。ビックリした。・・・なあ、アル?」
「なに?」
「髪、結わいて?」
扉を開こうとした瞬間、拗ねたような彼の声が聞こえた。
「もう。しょうがないよね。兄さんは」
「だって、ゴムが切れたの、俺のせいじゃないし。俺、髪結わけないし・・・」
アル、知ってるじゃん。
呟くように答えた声に、甘えが多分に含まれている。
――なんだろうな。これは。
胸のあたりが、イライラする。
そのイライラをぶつけるように、ロイはドアノブに手をかけた。
「鋼の」
「え?あ、大佐」
驚いたように振り向いた、その髪が解けてキラキラと陽の光りを反射した。
「こっちへおいで」
「…へ?」
「髪を結わいてあげるから、おいで」
「…な・・・えっ?」
気まぐれで、そう声をかけた。
次の瞬間、燃えるように顔を火照らせた彼の顔を見て、自分でもどうかと思うほどに、心が落ち着くのがわかる。
――本当にどうかしている。
首筋まで赤く染めた少年の髪を結わきながら、自嘲した。
当然のように髪に触れる弟に、嫉妬した。
そして、それを許すこの少年に。
解けた髪をみた、全てのものに。
なにより、役目を終えたゴムにすら。
目の前がクラリと揺れる。
私はこんなに独占欲の強い男だっただろうか。
髪を結わく指が震えた。
――こんなにも、囚われている。
はじめて知る、恐怖。それは、甘い眩暈とともに。