声が聞きたくて。



夜更けのベッドの上、隣に眠る弟を横目みながら、
ただ唐突に、貴方の声が聞きたいと思った。

どんなに空が晴れ渡り、雲ひとつ見当たらない星空の下、
どんなに月明かりが明るく足元を照らしても、夜明けにはまだ程遠いこんな時刻に。
俺は貴方の声が聞きたくて、ただ電話の前に蹲っている。
もうすでに指が覚えてしまった貴方の番号を、震える指先を押さえてダイヤルを廻した。
プププ・・・。
電話の呼び出し音が耳に伝わり、俺は言い訳を必死に考える。
『こんな夜更けに、なんの用だ?』
きっと貴方は不機嫌さを隠しもしないで。
『こんな非常識な時間に電話をかけてくるからには、余程の緊急事態でも起きたのだろうな?』
もっともすぎる言葉の棘で、俺を無数に突き刺すのだろうから。
貴方に電話をかけるための口実を、俺は必死に探している。

「…もしもし?」
「あ・・・」

言い訳を、口実を思いつかないまま。
電話口に出た貴方の声を聞いてしまったら。

「…鋼の?」
「大佐・・・」
「どうした?なにか、あったのか?」
「・・・俺」

貴方の声が聞きたかったのだと、喉元まで言葉が出掛かって、
そして。

「・・・誰なの?こんな時間に」
「いや・・・」

電話の向こうから漏れ聞こえる、不機嫌さを隠そうともしないその声は。
俺の知らない、女の声で。
受話器を手で押さえているのか、遠く聞こえる大佐の声と、
甘えを含んだ女の声に、俺は耐えられなくて、受話器を置いた。

貴方の声が聞きたかったと、喉元まで出かかった言葉は宙に漂い、
嫉妬という名の感情が、叫びに代わり、喉をついて溢れそうで。
無理矢理押し込めた言葉の渦が、涙に姿を変え溢れ出していく。
電話なんて、かけなければよかった。知らなければよかった。
ただ溢れ出す涙が後悔の涙に変わる頃、切ったはずの電話が鳴った。
無意識のうちに受話器を上げれば、もうすでに聞きなれた声がする。
聞きたくて仕方のなかった、貴方の声が耳元で響く。

「…鋼の?」
「あ・・・、た・・・いさ」
「いきなり切るな。驚くだろう?」
どこからかけているのか、調べるのが大変なのだから。
幾分笑みを含んで聞こえる声は、確かに聞きたかった貴方の声で。
「どうした?鋼の」
いつもより優しげに聞こえる声は、きっと何もかも見透かしているはずの。

締めつけられるように痛む胸は、きっと気のせいなんかじゃなく。
どんなに想っても、決して報われないこの想いを。
当たり前のように弄ぶこの男の酷薄さと、そして気まぐれに見せる優しさに、俺はゆるゆると縛り付けられて、もうきっと自由に息をすることすらできない。
それは真綿で首を締めつけられていくように。