火と空気。
―――火と空気
まず本質において火は熱と乾である。
空気が火と異なるのは湿たるところのみである。―――
エドは今日も本の中に埋もれている。
片っ端から本を読み解き、情報を自らに取り入れる。
渇いた土が水を吸い込むように。全てを柔軟に受け入れる。
あの少年の脳の一片を指で押すことができたなら、水のように情報の切れ端が滴り落ちてくるに違いない―と、ヒューズは思っている。
それにしても、この集中力は何事か。
部屋に入るときに声をかけたが、応えはなかった。
訪れてからすでに一時間が過ぎようとしているが、少年が自分の存在に気がつく様子はいまだない。
―そんなに暇なわけでもないんだが。
ちょっと様子伺いに訪れただけのこと。特別用事もなかったが、彼が自分の存在に気がつくまで、ここに居座ってやろうと思っている。
手持ち無沙汰も限界を迎え、ヒューズは手土産のプリンを食べ始めることにする。
とりあえず、プリンにして正解だった。アイスにしていたら、今頃溶けて見る影もなかったに違いない。
ペリペリと封を剥がす。比較的大きな音がして、気がつくかと思われたエドはやはり無反応だった。
―つまんねー…。
繰り返すが決して暇なわけではない。それでも顔を出さずにはいられない、顔を見ずにはいられない、そんな不思議な魅力がこの少年には確かにあった。
多分、皆同じだろう。と、ヒューズは密かに思っている。
その自覚があるのは俺と、例えばアームストロング少佐。それにハボック少尉にファルマンも。ホークアイ中尉もそうかも知れんな。なんだよ、司令部総食いか…?
なかなかどうしてやるもんだ。と見当違いな笑みを浮かべながら、プリンを掬う。
そういや無自覚なのが、一人いた。
大した興味もなさそうに、そのくせ誰より執着している。
もしもこの子になにかあったなら、きっとあいつは取り乱すだろう。
冷静を装いながら、静かに心を切り崩すだろう。
自分でそうとは気づかずに。
―このプリンみたいに、不安定な男だ。あれは。
あの男が無様に取り乱す様を見たくはない。
俺はそれを恐れていた。だから、俺にとってこの少年は、実のところ恐怖の対象でもあった。
大きく開けられた窓から風が吹き込み、カーテンを揺らす。
パラパラとめくれる本のペイジを追いながら、少年が髪をかきあげた。
その一瞬の出来事に部屋の空気が動き、そして時間が止まる。
「…あれ?」
少年がヒューズの存在に気がつき、声をあげる。
「ああ、中佐?来てたんだ」
「…あ?ああ。勝手に邪魔してる」
にっこりと微笑まれて、ヒューズに時間が戻る。
―やべえ。一瞬、見惚れちまった。
真剣にページをめくる指に、髪をかきあげた仕草に、呑み込まれそうになった。
「…っは」
「なんだよ?」
不意に溜息のような笑いを漏らしたエドを見咎め、ヒューズが尋ねる。
「ううん。なんでもないんだ」
「気になるだろう。人の顔見て笑いやがって」
「…うん。いや、ただちょっとね」
そういって言いよどんだエドの視線が僅かに揺らぐ。
「ただ、大佐かな?って思ったんだ。さっき、振り向いたとき」
「あ?ロイ?…別に似てないと思うがな」
「そうなんだけどね。ただちょっとだけ、…似てた」
空気みたいだよね。とそう言って、エドが笑う。
全然気がつかなかった。だから何で大佐だと思ったんだか、自分でもわかんない。
意味深なことを言う。
ロイなら気づくのか?と問えば、
「わかるよ。あの人は乾いているから。…プリン貰っていい?」
「お前の為に買ってきたんだ。食え。…乾いてるって?」
プリンの封をペリペリと剥がしながら、
「そう。だからね。あの人が側にいると、喉が乾いて仕方ない」
そう言ってプリンを頬張ると、旨い。と一言、屈託ない笑顔で笑った。