深紅の薔薇。
久しぶりに司令部に行ったら、マスタング大佐がホークアイ中尉にバラを贈ったらしいとか、なんとか。
両手にあまるほどの花束で、あれはきっと愛の告白だったに違いないとか、なんとか。
それをさも当然のような顔をして受け取ったからには、あの二人・・・。つか、いつから出来てたんだ?!とか、そういう噂でもちきりだった。
―へえ、面白そうな話だね。で、見た人いるの?
―いや、俺も噂で聞いただけなんだけど。
なんだ、噂か。結構、軍も暇人多いなー。それもまた平和な証拠。
そんなことをつらつらと考えながら、欠伸を押し殺しつつ、執務室の扉を開く。
目の前に、眠気が覚めるほどの鮮やかな赤。
そして、知る。
火ないところに噂は立たないのだということを。
「・・・部屋が、赤い」
「挨拶もなしに、いきなりそれかね?鋼の」
「・・・こんにちは」
「はい、こんにちは」
部屋のど真ん中に、真っ赤な花が飾られている。
これでもか、といわんばかりの赤の集合体。バラだ。バラの花束。
「噂は本当だったのか・・・」
「なんの噂だね?」
「大佐が中尉にバラの花束贈ったって。・・・愛の告白つきで」
「まあ、半分は真実だな」
大佐は机に向かったまま、こちらを振り向くことさえしない。
そのあまりに素っ気無い態度に、思いのほか心を抉られて、
大佐の言葉が遠くに聞こえた。
「そうなんだ・・・。俺ちっとも知らなかった・・・。じゃ、さよなら」
「待て。一体、何をしにきたんだ?君は」
「あ、早速邪魔者扱いされてる・・・」
「何を言ってる?せめて報告書だけでもおいていきなさ・・・」
顔を上げた大佐が、ひどく驚いた表情で俺を見ている。
それが、みるみるうちに険しい顔になっていくのをぼんやりと見て、
いよいよこれは、本格的に煙たがられているのだと思い知った。
「・・・あの、これ。報告書。ここに置いて、いきますから」
「鋼の」
「・・・はい」
「どうした?」
「なにが、です?」
「何故、泣いている?」
泣いてなんかいない。そう応えようとして、上手く声にならなかった。
「鋼の?」
「・・・う」
「どうした?」
「なっ・で・・も・・・ない、です」
「女性ならばいざ知らず。泣いた子供のあやし方など知らんぞ、私は。全く・・・専門外もいいとこだ」
そう言って、ガタリと大きく椅子を揺らして立ちあがる。
思わずビクリと身体を震わせれば、いつの間に廻りこんだのだろう、大佐が目の前に立っていた。
表情の読み取れない、冷たい黒の双眸に見下ろされ、ますます涙が止まらない。止めたいのに、止まらない。もうどうにもならなくて、仕方がないから目を閉じた。
「あ、ありゅ・・・」
「・・・は?」
・・・なあ、アル。どうしよう。
大佐になんか会いたくないって、わがまま言って拗ねてる間に、大佐は中尉にバラを贈って。
しばらく会わないその間に、大佐は中尉と恋人同士になっちゃって。
やっぱり会いたくて、どうしようもなくなって。それで今日来てみたら、大佐は知らない人になっていた。・・・俺の大佐じゃなくなっちゃった。
「うええっ・・・」
「・・・っつ!泣くな」
泣くな、困るから。とそう言って、大佐がぎゅっと抱きしめてくる。
「何が気に入らない?言ってみなさい。いや、言ってください。頼むから」
耳元でそう囁かれて、言葉に詰まりながらも答える。
「バラ」
「・・・欲しかったのか?でも君には贈れないな」
「うええええ・・・」
「はっ?なんだ?そんなに欲しかったのか?」
「・・・恋人じゃないから?俺は大佐の恋人じゃないから」
「意味がわからん。なんでそうなる?」
「赤いバラは恋人にって。バラの数だけ愛情をって」
どこかの誰かがそんなことを言っていた。
「あー、なるほど。でも違うよ?」
「え?」
「今日だけは意味が違うんだ」
そういって、大佐が話してくれたのは、西にある小さな街に伝わる物語。それにちなんで、女性は男性に本を、男性は女性に赤いバラを贈る伝統行事があるのだと教えてくれた。いつのことだったか、中尉がその話を聞いてきて、大佐や皆に本を贈ったのが始まりだとか。それから毎年、もうすっかり定着してしまった習慣だとか。
そんな話を大佐の腕の中で聞くうちに、いつしか涙は止まっていた。
「つまり、君は・・・」
「え?」
「嫉妬していた、と。そう受け取ってもいいのだろうな?」
「・・・違うよ」
「え?」
「ただ寂しくて、悲しかっただけ」
もうこんな風に抱きついたり、抱きしめられたりできないのかと、そう思って寂しくて、もうきっと振り向いてさえくれないと、それを思って悲しくなった、ただそれだけ。
「そんなに薄情な男だと・・・。思っているんだろうな、多分君は・・・」
「うん。思ってる」
そう言ったら、途端にきつく抱きしめられて、あまりの力に痛い痛いと文句を言ったら、それを言うならお互い様だと、ますます強く抱きしめられた。骨が軋んできゅーきゅーしたが、視線を掠めた大佐の顔が、何故だかちょっと痛そうに歪んでいて、なんだか可愛そうになったので、そのままそっと抱き締め返した。
***
翌日。
大佐から、でっかい白いバラの花束が贈られてきた。
やっぱり、赤じゃないじゃんか。恋人だったら赤いバラだろ、普通。
・・・もしかして、昨日の話もウソでした。とかいうんじゃねえだろな!
と勢い込んだまま、花束にくっついていたカードをみて首を捻る。
『花が枯れても、捨てないように』
・・・なんで?嫌がらせとか?やっぱり嫌われてんのかな。
途端に悲しくなってきた。
なんだよ、もう。・・・もう二度と、会いになんか行くもんか・・・!
そして、その悲しみはいつしか怒りへ姿を変える。
赤いバラは恋人に。バラの数だけ愛情を。
何故そう言われるのか、実際のところ、エドにはよくわかっていない。
それが花言葉に由来していることも、花言葉なんてものが存在することすら知らないのだ。
だから当然、エドにはわからない。
ロイが贈った白バラの意味も、『枯れても捨てるな』そう書かれたカードの意味も。
ロイは、泣いた子供をあやすのは苦手だが、泣いた恋人を宥めるのは得意だった。
しかし、彼は失念していた。
彼の恋人がまだ子供だったということを。
うっかり手の込んだことをしてしまったために、子供はすっかり臍をまげてしまったのだが。
彼がそれを知ったのは、まだずっと先の話。