彼の恋人
今夜あたり、冷え込むらしいよ。
そうだ、鋼の。
今日の夜は、おでんにしようか?
・・・というわけで、スーパーにきています。
「何いれる?」
「そうだねぇ。大根、卵、つくねも入れるか・・・」
そう呟きながら、買い物カゴを片手に、真剣な顔で鶏肉を選んでいる。
・・・のは。
そうだよ?隣で頬染めながら、豚肉手にしたお嬢さん。
ロイ・マスタング大佐です。
「なあ、鋼の」
「うん?」
「巾着入れる?」
「うん。好き。・・・入れて?」
上目遣いでそっと見上げて、うふ。と微笑みそう答えたら、
うっと詰まって、そんな可愛い声をだすんじゃない。
・・・と。
軽く目を泳がせて、慌てて巾着を手にとり袋に突っ込む。
そうだよ?隣で小さく恥らいながら、豆腐を手にしたお姉さん。
彼はロイ・マスタング大佐です。
「・・・鋼の」
「うん?」
「どうした・・・?」
「うん」
ごぼう巻を手に持った、大佐の腕にしがみつく。
微妙に注目集めてる。人目なんかは気にせずに。
大佐の腕を、ぎゅっと握って抱き締めた。
ほんの少しうろたえて、困ったように笑うのは。
そうだよ。ロイ・マスタング大佐だよ。
羨ましそうに俺を見ている、お嬢さんにお姉さん。
だって、俺は。
俺は、彼の恋人なんです。
彼の腕にしがみつくのを、それを許された存在なんです。
***
「はい、先生」
「なにかな?」
「巾着10個は、やりすぎだと思います」
「・・・好きだって、言っただろう?」
目の前にはぐつぐつ煮込んだ、おでん鍋。
じゃがいも、ちくわぶ、たこの足。
所狭しとみっしり並んで、ほこほこぐらぐら揺られている。
「旨そう。いただきます!」
「慌てて食べるなよ?火傷するから。・・・って言ってる側から君は」
「あち。うま。あちっ!」
ほら。と水の入ったグラスを渡され、べっ。と舌を出しグラスに浸した。
「・・・鋼の」
「あに?」
「いや・・・」
ゆらゆら揺れる湯気の向こう、大佐が物言いたげに見つめている。
「なに?」
舌をグラスから引き上げて、再び大佐に尋ね返した。
「ああ、いや。・・・いや。何かあったのかと、思ってね」
「・・・なんで?」
「人前で君が懐いてくるなんて、珍しいことだから」
私は、嬉しいけどね。
そう言って、優しい顔で微笑んでいる。
「別に、ない。俺はない。あるのは・・・」
「ん?」
なんかあった。のは、それはアンタの方だろう・・・?
***
いつもみたいに、いつもどおりにセントラルに着いたなら、司令部に行くのは当たり前だし、俺、国家錬金術師だし。
だから、今日も行ったよ。大佐に会いに。報告書を手に持って。
そしたらアンタいなくて、その代わり。
アンタの噂で、持ちきりだった。
『マスタング大佐が見合いしたって?』
『ああ、大佐もいよいよかぁ・・・』
・・・なあ、俺。
大佐がお見合いしたらしいよ?
見合いって、なんだよ?
いよいよって、一体なにが?
そんな話、初めて聞いた。
なんで、俺は知らないんだろ。
俺は大佐の恋人なのに。
なのに、なんで知らないんだろ?
アンタに会うまで、そわそわしてた。
『見合い?一体なんの話だ?』
アンタに会ったら、モヤモヤしだした。
『嘘だよ。鋼の。そんなわけないだろう』
――そう言ってくれると、思ってたのに。
なんで、言ってくんないの?
・・・俺は大佐の、恋人なんじゃないのかなぁ?
ずっとそう思ってたんだけど。違ったのかな?
手を繋いで、キスをして。それ以上も、いっぱいしたじゃん?
恋人じゃないのかなあ。・・・恋人じゃないのなら。
俺って一体、大佐のなに?
***
「・・・バカだな」
「あ・・・」
「いや、違う。すまない。君のことじゃないよ」
自分のことをね。バカだなあ、と思ったんだよ。
そう言って、大佐は情けなさそうな顔をした。
そして目が合った瞬間に、そのままの顔でふっと笑った。
***
見合いの話は、本当だ。でも、すぐに断った。
・・・ああ、だからそんな顔をしなくていいよ。
私にとっては、とるに足らないことだったんだ。
だから、あえて君に話さなかったわけじゃない。
忘れてた。ただ、それだけ。
久しぶりに君と会えて。・・・限られた時間の中でね。
一緒にいられる間にできること。
二人で一緒にできること。
話をして、手を繋いで、キスをして、それ以上、も含めて。
そんなことで頭がいっぱいだった。
・・・そんな呆れた顔をしてくれるなよ。私もただの男だよ。
君のことで精一杯で、君のことしか頭になくて。
恋人といる時間は誰だって、そんなものだと思うんだがね?
***
「・・・だから、すっかり失念してた」
「うん」
「噂になっているのは知っていた、が」
「うん」
「そこまで頭が回らなかった」
すまない、鋼の。不安にさせた。
***
「・・・お見合い」
「ん?」
「なんて言って、断った?」
「ああ・・・」
「うん」
「間に合ってます。って」
「・・・なんじゃ、そら」
「気が強くて、生意気で、そのくせ豆粒みたいに小さいですが」
「・・・あ!?」
「怒るな。巾着あげるから」
「あのな・・・」
「気が短くて、すぐに怒って手を出すような、危険で凶暴な・・・痛っ!」
「悪かったな、凶暴で」
「それでも、可愛い可愛い、たった一人の恋人がいるんです。って」
「・・・」
ほら、巾着。好きだろ?
そう言って、湯気の向こうで笑うのは。
この広い世界で、たった一人の。
優しい優しい、俺の恋人。